第3節 トーテム
強烈な破裂音が広間に響き、目を開けると木片と一緒に廊下に私は寝転んでいた。
前方を見ると、広間と廊下を繋げていたはずの木製の扉は、なくなっていて歪な抜け穴になっている。恐らく私の周囲に散らばっている木片が、扉と扉の周囲にあった壁だと推測できた。
心配の声と一緒に広間にいた子ども達、クロノさん、アミ達が近づいてくる。視界が急にクラクラするし、思考がまとまらない。
「大丈夫」
起き上がろうとするとセシルが身体を抑えてくれた。
「急に起き上がらないでください。治癒しますので」
セシルがヒール、と呟くと優しい光に照らされる。
なんだか心地よくて眠たくなってくる。ヒールなんてほんとゲームとかアニメの世界みたいだ。
「やっぱりこいつらわたしを殺そうとしてた!こんな扉が壊れるほどのパンチをわたし受けたら死んでたかもしれない」
ナミタは口角を上げながら家族を引き続き説得する。
「殺す気があったかは置いといて、誰だって馬鹿にされたり、嫌な気分になったら怒るだろう。部族関係なく同じ人なんだナミタも悪いところがあっただろ」
クロノさんの表情は見えないけど、真剣に答えているのはわかる。
「でも、わたしに手をあげたのよ。完璧危害を加えようとしてたじゃない」
「それと同時に君は、部族だと決めつけている女の子に助けられた。ナミタ冷静になりなさい」
「でも。クロノさんっ」
この場にいる誰もがナミタの言うことに耳を傾けていないことに気づいたのか、言葉を止めて
「ん。知らない」ナミタは廊下をドシドシと歩き、私の顔の横を通り過ぎてどこかの部屋へと入っていった。
廊下で引き続きセシルからの治癒を受けていた。
クロノさんや他のみんなはセシルに言われて食事を済ませ、自分の部屋にいるか用事を済ませに外に行っている。
アミは私の腫れた申し訳なさそうに頬を撫でている。
「そういえば、部族ってなに?」
治癒を受けているからか右頬の痛みや頭痛が収まっていてさっきより身体の調子は良い。暇つぶしに聞いてみた。
「部族っていうのはアンダルシア王国に敵対する族の総称です。詳しく定義するなら、その土地によって姿や言語が王国とは違う人達の集まりのことですね」
「なんで敵対してんの? ケンカしてんの?」
如月は私の額に濡れたタオルを載せた。
ひんやりとしていて気持ちがいい。
「争いの発端はただ互いの利益のためだったり、相手の姿、考えが気に食わないから長いこと争っているんだと、思います」
「うちらはこの国の言葉を使えず、この世界にはない格好できたから兵士に襲われたのか!」
アミはセシルの話を繋いで昨日あったことを納得したように語る。
「なんて状況であたし達きちゃったんだ…」、と如月は困った顔になる。
「私達なんでこの世界に来たっていうか、来させられたの?」
「優花さん、自分にはそこまではわかりません」
セシルは表情1つ変えず、自分が知っていることを言う。
「だよね、ごめんね」
「あなた達が無事日本に帰れるまでここに泊まってください」
「お前良い奴だな!」、とアミは私の頬を撫でるのをやめ、セシルに抱きつく。
「やめてください。これからあなた達には泊まってもらう代わりに働いてもらいます」
またセシルは表情を変えずにアミの身体を押しながら、恐ろしいことを言った。
「「「え?」」」
「頭痛いし、アミに殴られたところ痛いなぁ! 手伝うのは長いことできなさそう!」
私の訴えは無慈悲にも受け取ってもらえず、私、アミ、如月はじゃんけんをして役割を決めた(じゃんけんをした時点ではもう頬の腫れも頭痛もなくなっていた)。
その結果、私が洗濯物担当、アミが食器洗い担当、如月がお使い担当となった(如月、私、アミの順番で勝って、買った人からやりたいのを選んだ)。
私はセシルと一緒に外に出て洗濯カゴにたまった洗濯物を川へと持っていく。まるで、おとぎ話を体験しているみたいで不思議な気分だった。
「日本では、こういった洗濯物も機械がやってくれるんですか?」
洗濯物を洗っているとセシルが口を開いた。
「そうだよー、色々な物を機械が勝手にやってくれてるねー。こうボタンをポチポチ押すだけで凄く綺麗で、いい匂いになるんだよ」指で洗濯機を操作するマネをする。
「それは羨ましいです。洗濯板使っていると手を痛めるので欲しくなります」
確かに洗濯板で服をゴシゴシしたり、手で洗っていると手はもちろん腕も痛い。
「こっちでは、便利アイテムないの?」
「ええ、ありますよ。今自分達が話せるようにしてくれてるトーテムです」
私は濡れた手で、トーテムが入っているズボンの後ろポケットを触る。
「それ、濡らすと効果なくなるので気をつけてください」
「それ先に言ってよー!」
私は手をポケットから急いで離す。
「ふふ、ごめんなさい」
セシルの笑顔は綺麗だった、写真で撮ったらどこかの商品の広告に使われそう、と私は心の底から思った。肌も肌理が細かいし紫色の髪も細いしモデルみたいだ。
「この世界では魔法を一部の人が使えるんです、自分は治癒魔法しか使えませんけど。その魔法を誰でも使えるようにした物がトーテムです」
「へぇ、すごいねー。魔法かー。ほんと漫画とかラノベみたいな世界だねー」
洗濯物はまだまだたくさんあった。さすがにこの量を2人でやるのは骨がおれる。
「それにしてもすごい量だねー、何人分の洗濯物があるの?」
「歌川さん達の分を合わせて13人分ですね」
「13人分も?!」
「ちなみに、まだ半分も洗ってませんからね」
「えー…、そんなぁ。そういえば、食卓には食べてたのは12人しかいなかったけど、あと1人どうしたの?」
朝食のとき、右側の奥の角の席がぽつりと空いていた。
「ええ、その子はこの家に来たばかりなのでまだ馴染めていないのです」
「きたばかり?どういうこと?」
「この家は孤児院であり、自分とお父さんの家なんです」
私はそれを聞いて子どもたちの容姿が似ていないこと、髪色もバラバラなことに納得した。同時にナミタが言っていたみんなの過去というのも薄っすらと予想がついた。
「なので、あなた達がこの家に最初泊めるときも親がいないという理由や部族に襲われていたというのをお父さんに伝えたらすぐ了承してくれました」
「セシルのお父さんすごいね。村長で孤児院もやっているなんて!」
「そんなことないですよ」
セシルの耳が赤くなったのがわかった。
本当にお父さんのこと尊敬しているんだな、と思った。
「やっと…終わった…」アミが疲れた様子でこっちに来た。
「おつかれー、そんなに皿洗い大変だったの?」
「それがさ、子どもたちにちょっかい出されるは、水は毎回バケツで毎回新しい水くまなきゃで、ほんと大変なんだけど」
「じゃんけんで負けるのが、悪いでしょ」、と私は疲れているアミを見てブザマだと思いながら笑う。
手伝う候補である、皿洗い、洗濯、買い出しでセシルが言うには買い出しが1番楽で、洗濯がその次に楽、皿洗いが1番の重労働らしくじゃんけんで勝った人は、予想通り楽な仕事を選んでいった結果がこれだ。
「これ、当番制にしようぜ」
「しょうがないなー、洗濯手伝ってくれたらいいよ」
アミはセシルから洗濯で使う道具一式をもらい、洗濯を手伝いながら話す。
「この世界って学校はないの?子どもたちずーっと家事手伝ってるしさ」
今が土日なだけかもしれなし、家庭の事情という奴でいけないのかもしれないと今になって気づいて、質問したのを失敗したと思い、質問を変えようとしたけどセシルは何事もなかったかのように答えた。
「学校はありますが、この村にはありません。アンダルシアの城下町や王立の学校がありますけど、そこは金持ちか魔法の素質がある人しかいけません」
「なんだよ、それみんな学校行かせればいいのにな。セシルは学校行ってみたいって思わないの?」
アミは洗濯物が力仕事だからか言い方はそれにつられて、力が入っていた。
「自分は、別に今のままの生活で満足しているので平気です」
「ほんとかー? 家事しなくて済むから楽だぞ。あと色々なこと学べて楽しいのに。うちは全然勉強してなかったけど」
確かに、と笑いながら
「うちらの学校の教科書、暇なとき読んでみなよ」
スマホで私達の世界について説明する時にもう子ども達に貸していたから、紙がしわくちゃになっていたのを思い出す。
「このトーテムで日本語からこの世界の言葉に
「優花さん達が翻訳の魔法を使えればできますが、アンダルシア語を他の国の言葉に翻訳するトーテムはありますよ」
「そうなんだー、私も魔法が使えればなー」
話しながら洗濯物を洗っているうちに、もう洗濯物はなくなって私達は洗濯物を、干しにセシルの家に戻る。
「ただいまー」
私達が洗濯物を干していると如月が帰ってきた。2人の子どもと一緒に買ったものを持って、リビングに入ると買ったものを机の上にのせて、「疲れたー」と子どもたちと一緒にだらしなく声をあげる。
「おかえりー」、と庭からリビングにいる如月に声をかける。
「うちらももうすぐで、洗濯物干し終わるから遊ぼうぜ」如月は洗濯物を干しながら笑う。
「遊ぶの?!」
リビングにいた子どもたちが遊ぶと聞いて元気になった。
「何言っているんですか、まだまだ仕事はありますよ。お風呂掃除に昼ごはんの準備、夕飯の準備…」
セシルは念仏のように今日やることを言う。
──やること多すぎる早く日本の自分の家に帰りたい…。
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