冬はつとめて・1
冬は好きじゃない。特に朝は。
世界に拒まれているような感じがするのだ。冬は多くの木々が葉を落とし、花は種になって芽吹く時をじっと待つ。凍てつく空気は身をすくませ、降り積もる雪は全てを覆いつくす。わたしの輪郭も、凍って砕けて、風にさらわれて消えていく。
何より、寒くて朝起きられないし、外に出るのも億劫だ。手は荒れるし、お風呂のお湯はすぐに冷めるからガス代がかかるし、電気代も冷房より暖房の方が高くつく。まあ、夏になったらなったで、冬が恋しくなるのかもしれないけれど。
このまま穏やかな春と秋はなくなり、灼熱の夏と極寒の冬ばかりになって、地球は生命の住めない星になっていくのかもしれない。なんちゃって。
そんなことを取りとめもなく考えながら、
外に出た途端、冷気が頬を刺す。吸湿発熱のインナーと、シャツにセーターを重ね着して、厚手のスカートに裏起毛のタイツ、足元はファー付きのブーツ、そしてモッズコートにマフラーという完全装備だが、それでも服の隙間から十二月の寒さが忍び入ってくる。
燈子はぶるりと身震いし、首元に風が入らないよう、マフラーを巻き直した。マスクをしていると顔に直接冷気がかかるのを防げるが、眼鏡が曇るのが難点だ。帰りに眼鏡の曇り止めでも探そうと決め、階段を降りる。
五分ほど歩いて、最寄りのバス停に向かう。市内を循環するバスに乗って二十分ほどのところにある図書館で、燈子は大学に通う傍ら、アルバイトをしていた。
カウンターに座って貸し出しや返却の手続きをしたり、返却された本の整理をしたりが主な仕事だ。たまに子供向けのイベントで、本の読み聞かせをさせてもらえることもある。
昔から本が好きで、少ない小遣いを握りしめて本屋へ通い、お金がなければ図書館で何時間も過ごした燈子は、本に関わる仕事に就くのが夢だった。可能なら出版社へ就職して、本を作ることに関わりたいと思っていたが、両親には反対されている。出版社への就職なんて狭き門だし、大手出版社は東京に集中している。一人で東京へ出るなんて許さないと言うのだ。
本当は大学も、東京かそれに近いところへ行きたかったのだが、認めてもらえず、地元の国立大学なら、ということになり、それを吞むしかなかった。
本に関わる仕事なら、図書館の司書はどうだと言われ、司書の資格が取れる学科を選択した。けれど、実家から通うには少し遠いし、自立の練習も兼ねて一人暮らしをしたいとごねて、それだけは渋々認めてもらった。
アルバイトもさせてもらえないところだったが、ちょうど図書館がアルバイトを募集しているのを見つけて、手堅いところならと、許可してもらえた。採用されたのは、運がよかった。
ここまでの道のりに多少不満はあるが、親に学費を出してもらわなければ大学には行けないし、そこまで強く抵抗する意思も力も、燈子にはなかった。
それに、図書館の仕事も悪くはない。時々面倒な利用者もいるけれど、どんな仕事でも多少はある話だろう。そんなふうに、燈子は日々を淡々と過ごしていた。
近頃小さな子や学生らしき子たちの来館が増えたなと思っていたら、学校は冬休みに入ったであろう時期だった。そして、ある日の読み聞かせの会で、燈子は気になる女の子に出会った。
会場であるキッズルームの片隅に、その子は縮こまるようにして座っていた。読み聞かせが始まっても近寄って来ず、一人でじっと本を読んでいる。近くに保護者もいないようだった。燈子は朗読をしながらも、その子のことがちらちらと視界に入った。
読み聞かせが終わっても、その子は読む本を入れ替えたりしながら、その場に留まっていた。そして、閉館を告げるアナウンスが流れると、ちらと顔を上げて壁にかかっている時計を確かめ、読んでいた本を棚に戻すと、帰っていった。
その後ろ姿になんとなく違和感を覚えて、帰り支度をする間も、頭の片隅でずっと首を傾げていた。
翌日、朝から図書館にやって来たその子を見て、違和感の正体に気付いた。その子は、上着を着ていなかった。子供は風の子と言うし、寒くても薄いシャツ一枚で走り回っている低学年の男の子なんかも見かけるから、寒さに強い子なのかもしれない。けれど、来ているセーターもつんつるてんで丈が合っていないような感じがしたし、よく見ると毛玉だらけだった。指や鼻の先も赤くて、館内に入ったあと、かじかんだ手を温めるように、両手をこすり合わせているのが見えた。
その女の子は、テーブルの一角に座ると、冬休みの宿題だろうか、問題集らしきものを広げて、鉛筆で書き込みを始めた。時々飽きるのか、本棚から本を持ってきて読んでいる。気になって、貸し出しカウンターに座っている間、ずっとちらちら見てしまった。
昼時になるといなくなって、帰ったのかと思ったが、少しするとまた戻ってきて同じように本を読んだり、宿題をしたりしている様子だった。そうして日が暮れて閉館時間になり、その子はやっと帰っていった。
そのような感じで、その子は毎日朝からやって来て、閉館時間まで居座っていた。燈子もシフトが休みの時があるから、正確に毎日かどうかはわからないが、出勤している時はずっと見かけた。
冬休みだろうし、子供が一人で図書館に来ても何も問題はない。でも、何か気になる。しかし、どうなるものでもないし、子供とはいえ一利用者の事情に干渉するものではないだろう。
そんなある日のこと。
燈子はいつものようにアルバイトを終えて、家の近くのバス停で降りた。冬は日が落ちるのが早い。まだ夕方と言える時間だが、外は暗かった。空は灰色の雲が重く垂れ込め、ちらちらと雪が舞っている。自分の吐く息が白いのを見ながら、家までの短い距離を足早に歩いた。
途中に、ブランコとベンチがあるだけの小さな公園がある。何気なくそちらに目をやると、人気のない公園で、あの女の子が一人街灯にぼんやりと照らされているのが見えた。ブランコに座って、積極的に漕ぐでもなく足をぶらぶらさせて、ブランコを揺らしていた。
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