#4
翌日の土曜日。梅雨らしく、朝から雨が降っていた。陽介たちは店の開店準備をし、晶と昴は居住スペースの方で洗濯や掃除をしている。
陽介が学校に呼び出された件については、ざっと他の皆にも話してあった。だが、変に詮索はせず、晶には普段通りに接している。
そんな中、開店とほぼ同時に、一人の少女が店を訪れた。少しくせのある髪を肩まで垂らし、朱色のフレームの眼鏡をかけている。水色のシャツに黒いスカートを履いた、晶と同じくらいの少女だった。
「……あの」
「いらっしゃいませ。一名様でよろしいですか?」
おどおどした様子で店のドアを開けた少女は、接客モードの那由多に声をかけられ、飛び上がる。
「あ、あのっ……。客じゃないんです! ごめんなさい!」
そう言って勢いよく頭を下げた少女の顔から、眼鏡がずり落ちそうになる。
「えっと……その……っ、わたし、二葉雪乃っていいます。あの、和泉さん、いますか……?」
「あら、晶ちゃんのお友達?」
ここを知っているということは、晶の家庭環境のことも多少知っているのだろうか。
客のことをじろじろ見たりはしないと心得ている陽介と仁も、横目で様子をうかがっている。陽介は、彼女の名前が昨日の話に出てきたことに気付いた。
「あ、いえ……友達では……ないと思います……」
雪乃と名乗った少女は、消え入りそうな声で言う。
那由多は少し怪訝な顔をするが、
「晶ちゃんに用なら、呼んでくるから少し待っててちょうだい」
少女を隅の方のテーブルに座らせ、那由多は奥へ向かう。少しして戻ってきたが、そこに晶はいなかった。
「ごめんなさいね。いつの間にか出かけちゃったみたい」
本当はいるのだが、「いないって言って」と言われたことは黙っておく。
「そう、ですか……」
雪乃は明らかに落胆した様子で、肩を落とす。しかし、意を決したように顔を上げ、
「あの、ここって古本屋もやってるんですよね? わたし、探してる本があって……」
そう言って雪乃は、膝の上に置いたトートバッグから一冊の本を取り出した。その本は、表紙が泥で汚れて、中も水を吸って縮れ、茶色いシミが残っているのが見て取れた。
「わたし、この本を和泉さんに返さないといけないんです。でも、本屋さんでもネットでも見つからなくて……。ここなら、お願いすれば探してくれるってレビューにあったのを見て……っ」
言葉を紡ぐ間に、彼女の目からは涙が盛り上がってこぼれ出た。
「あらあら……。ちょっと落ち着いて? ね?」
那由多は雪乃の向かいに腰かけ、テーブルに設置されたホルダーから紙ナプキンを取り、彼女に差し出す。そこに、
「はい、飲み物どうぞ。紅茶は飲める?」
陽介が湯気の立つティーポットをトレイに乗せてやってきた。桜華堂の紅茶はポットサービスなので、一緒に空のティーカップをテーブルに置く。
「レモンとミルクもあるよ。お好きなのをどうぞ」
「あ、ありがとうございます……」
雪乃はナプキンで涙を拭い、鼻をすする。
「那由多ちゃん、ちょっとお店任せていいかな? 僕が話を聞いておくから。忙しくなったら、昴君に入ってもらって」
「わかりました」
言って、那由多は席を離れる。
陽介は入れ替わりに雪乃の向かいに座り、
「初めまして。僕がここのマスターで、晶ちゃんの保護者の七海陽介といいます。それで、その本を晶ちゃんに返さないといけないっていうのは……?」
この本は昴の書いたものだ。作家でもある昴はペンネームを隠しているが、桜華堂の中では陽介だけは知っている。
陽介は、雪乃が手を付けようとしない紅茶をカップに注いでやり、彼女の前に置く。
小さく「ありがとうございます」と呟いて、カップを持ち上げ、少し喉を湿らす。
「あの……昨日のこと、和泉さんは悪くないんです……っ」
声を震わせながら、話し始めた。
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