初恋

結城柚月

プロローグ

 初恋の人が結婚相手になる確率はおよそ1パーセントらしい。どんな統計学を使ったのか、そもそもソースが正しいのかすら怪しいけれど、この数字だけ聞くとものすごく低い確率に思えてくる。しかし日本の人口が1億人だとすると、100万人が初恋の人と結婚できる。千葉市の人口がおおよそ97万人なので、千葉市民は全員初恋が実るそうだ。どうして千葉市民をたとえ話に出したかは自分でもわからない。


 そして私は千葉市の人間ではないので初恋の人とは結婚できない。千葉市のくだりはさておき、私の初恋が成就しないのはほぼ確定事項だ。そう言い切れるのも、私の初恋相手が私のことを好きになってくれないからである。


 初恋相手の浜本康太はまもとこうたは私の幼馴染だ。家が隣同士ということで幼稚園に入る前からの付き合いがあり、物心がついた時にはいつも康太が傍にいた。一緒に遊んだり、一緒に出掛けたり、お互い一人っ子だけど、よく親から「ふたりは兄弟みたいね」と言われた。


 そんな彼特別な感情を抱くようになったきっかけはおそらく小学1年生の時だ。体育の授業で運動場をランニングしている最中だった。私はグラウンドの小石につまずいてバランスを崩し、盛大に転んでしまった。膝は擦り剝け、ヒリヒリとした感覚が傷口を襲う。膝が痛いのと転んで恥ずかしいので起き上がれなかった私に、真っ先に手を差し伸べたのが康太だった。泣いている私の手を握り、一緒に保健室に連れていってもらった。多分、それがきっかけ。おかげで他の男子よりも康太の方が断然男前に見えるフィルターが出来上がってしまった。


 中学に上がると勉強や部活で忙しくなり、次第に遊ぶ回数や会う機会も少なくなっていった。充実している、と言われればそうかもしれないけれど、私の心の中にはぽっかりと穴が開いたような感覚が残っていた。それが康太のせいだと気が付くのに時間はそんなにかからなかった。同時に、今まで彼に抱いていた感情が「恋」の1文字で片付いてしまうことも知ってしまった。二枚目ではないし、成績も運動も普通。これと言った取り柄もない康太だけど、私にとってかけがえのない存在だ。


 恋を知ってからは葛藤の日々だった。告白するか、せざるべきか。もしもフラれてしまったら、また今まで通りになれるだろうか。ひょっとしたら友達ですらいられなくなるかもしれない。それは……死んでも絶対に嫌だ。


 だけど意気地なしの私は康太に告白することができなかった。だって、拒絶されるのが怖いから。拒絶されるくらいなら、今まで通りの関係でいい。友達のままで、それでいいと思っていた。


 結局何一つ進展のないまま、私たちは同じ高校に進学した。高校ではお互い帰宅部ということもあり、中学の時よりも一緒にいる時間が増えた。嬉しかった。また康太と一緒にいれる。


 高校ではちゃんと告白しよう。もう意気地なしの私じゃない。どんな結果が待っていようと、この思いを伝えよう。しかしそうは覚悟を決めても、なかなか勇気を出せない。康太に告白できないままずるずると時は流れ、気が付けば入学してから早くも半年が過ぎようとしていた。そんな中で、私の心にとどめを打つような事件が起きた。


 康太に好きな人ができたらしい。




 だけどその相手は、私ではなかった。

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