第9話 ユニーククエストと靴下
これはシステム的な話だが、マコトはフィルの弟子になることには成功しつつも、ユニーククエストを開始するためのフラグを回収し損ねている。そのフラグとは直接フィルに会い、彼女に認められること。そして彼女の抱える問題について知る、というものだ。マコトはフィルの抱える問題について教えてもらえなかった。そのためユニーククエストの開始の是非を問うアナウンスが流れなかったのだ。
マコトは知る由もないが今回の白桜騎士団の介入は、妖精姫フィルとネファレム王国にまつわるユニーククエストのイベントの1つだ。
マコトの知らぬうちに水面下でクエストは進行していく。
「マコト、君は妖精姫を知っているか?」
フロル団長のこの質問、正直想定外だ。俺が妖精姫フィルとエンカウントしてからゲーム内で1日しか経っていない。つまりもう一つの予言とやらはピンポイントで俺とフィルを結びつけるに足るものだということ。加えてネファレム王国とフィルには何かしらの関係があるというのがこれで確定した。
フィルがアルスの丘に来ていた理由は結局聞けなかったが、俺の考えるよりもフィルの抱える問題は大事なのかもしれない。
「どうなんだ?」
フロル団長は答えを催促する。悪いが少し時間をもらうぞ。ことと次第によっては俺はこの国にいられなくなるのだから。
さて…これはどっちだ?
考えるのはフィルに関する王国の立場について。友好的なのか敵対的なのか。この確認が最優先事項だ。そしてそれをどう判断するかだが、そこは俺の鼻を信じるしかない。
チラッとカイラに視線をやる。彼女はジッと俺を凝視していた。
ここにきてカイラの真偽判別が非常に厄介だ。話せることが極端に制限される。だが裏を返せば真偽判別に引っかからないように相手から情報を、感情を引き出せば良い。どこかの天使みたく心を読むとかだったらお手上げだったが。
「答えないということは…知っているんだな」
フロル団長の目に込められる力が強くなる。これほど熱烈な視線を美女から向けられた経験はない。
それにしても今更だな。予言を信じるのと目の前の俺を信じられるかは別って話か。まあどうでもいい。
王国がフィルに対して友好的ならばそう無茶はしないだろう。だがもし敵対的な立場だったとしたら、何としても俺から情報を吐かせようとするはずだ、それこそあらゆる手段を用いて。
プレイヤーは死んでも生き返るが、問題はこの施設自体が罪人を閉じ込める牢獄としての機能を備えている点だ。
王国がフィルと敵対的な立場なら、フィルとの繋がりを持つ俺は情報源にして敵、罪人と言えないこともない。その俺がこの施設内で死んだ場合、一度ログアウトしたこまぎれ肉亭の客室ではなく、この施設にある牢屋の中にリスポーンする。これはプレイヤーが王国の法を犯した場合に死に戻りによる逃亡を防ぐためのシステムだ。
万が一逃亡に成功したとしても、王国全土に懸賞金付きで指名手配される。そうなればこの国にはいられない。都市の出入りすら困難になり、宿や商店などの主要施設の利用が不可能になる上、王国内で一度でも死ねば牢屋に強制的に戻される。これはβテスト期間のほとんどを牢屋で過ごしたとある勇者がその身を持って証明してくれた事実だ。そもそもの話逃亡できればの話だが。
だが、俺の取れる選択肢の中では国外への逃亡が最も現実的だ。何故なら、確実に逃げられるから。
「…知っていたとして、俺をどうするつもりですか?」
俺はカイラの真偽判別に引っかからないように言葉を選ぶ。それと並行してベティから死角になる位置でインベントリを操作すると【妖精姫の呼び鈴】を取り出す。これで準備は完了だ。
レベルもステータスも彼女達の足元にも及ばない俺が、それでも確実に逃げ切れる方法はこれしかない。フィルのお家とやらがこの世界のどこにあるのかは知らないが、フィルをして遠いと言うからには、少なくともここから相当な距離を稼げるはずだ。
「質問しているのはこちらなんだが?」
フロル団長から苛立ちを感じさせる匂いがする。言葉にも棘がある。他の3人からはフロル団長以上の強い苛立ちが匂いとして伝わってくる。鬱陶しいことこの上ない。
…上等じゃねぇか
おそらく王国の立場がどうであれ、王国に協力する方が賢い選択なんだろう。出会った順番がフィルの方が1日早かったというだけで、もし逆だったならばフロル達に協力していたかもしれない。
だがそれは、俺がフィルの弟子でなかった場合の話だ。弟子は師匠を裏切らない。少なくとも俺はフィルを王国に売る気はさらさら無い!
ふぅ、と息を吐く。
王国の立場をチマチマ聞き出すのはやめだ。まずは俺の立場を示す。
そうと決まればもう遠慮はしない!こっからは言葉と態度に気をつけろや白桜騎士団団長さまよぉ!?そっちの出方次第で1人の変態が王国の敵に回るぜ?
覚悟はできた。クソ雑魚にも意地がある事を思い知れ。
「確かに俺は妖精姫のことを知っている」
フロルがカイラに確認を取るがもう気にしない。フロルが口を開こうとするのを視線で制し、続く言葉を口する。
「だが、話すかどうかは別だ。彼女について知ったとして…あんたたちは彼女をどうするつもりだ?」
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彼を、マコトを初めて見た時にわたしが抱いたのは疑念。見た目が整っている事以外は何処にでもいる青年、本当にこの男が予言にあった者なのかという疑念だ。
『アルスの地に妖精姫と縁を結ぶ者が現れる。その者は騒動の中心にあり、それを鎮めし者である』
神託の巫女より齎された予言は絶対だ。故に神の言葉の代弁者を疑うわけではないが、目の前の男に特別なものを感じないのもまた事実だ。
彼を連行する原因となった大騒ぎについては現場にいた騎士から報告を受けて知っている。突発的に発生した集団暴動であり、鎮圧には時間と人手が必要と思われたそれを彼はたった1人で鎮めたという。引き起こしたのも彼であるということなので褒められたことではないが。
何度見てもそれほどの人物には見えない。今もカイラ達が圧力を掛けているが縮こまって萎縮してしまっている。そんな彼に正直落胆している自分がいる。
本当に予言にある人物なのでだろうか?
これ以上の観察は無意味と部下を下がらせる。試しに部下の態度に対する謝罪の言葉を口にしてみるが、彼の態度は謙虚そのもの。
兜を外して自己紹介した際にはわたしが女性であることではなく、何故かわたしの容姿について酷く驚いていた。褒められて嫌な気はしなかったが見抜かれていた事には正直驚いた。わたしは彼に対する評価を心の中で改める。
部下達の自己紹介が一通り終わった。シェリーは鎧の形からわかるだろうが、カイラとベティまで女性であることに気付かれていたらしく、その事には心底感心されたのだが、何とも言えない笑みを浮かべ身悶える彼を見て、若干呆れてしまった。
掴みどころのない人物だ。
強さという点では論外なのだが不思議と人を惹きつける何かがある。例えるなら喜劇に登場するひょうきんなキャラクターだろうか。
正気に戻った彼に質疑を始めるが、犯罪歴も無ければ、害意も叛意もない。質問にも嘘偽りなく答えており取り調べにも協力的だ。その点は好印象を受けた。
何故か騒動の原因であるミラという女性とのやり取りについてだけは言い淀んでいたが、説明自体はしっかりとしたものだった。突然泣き声をあげたのには不覚にも笑ってしまった。
ミラという女性については病気ということもあり今後の取り調べでは注意するよう言い付けるつもりだ。彼は大丈夫だというが頭部は人体の急所中の急所、そこの病気なのだから楽観視はできない。
見習い学校への襲撃も事実無根であることの確認が取れたので、最後に手拍子について質問する。件の騒動を収めた謎の手拍子。騎士団の活動に活かせるかもしれない。敵対する者達が使用してくる可能性も捨てきれないのでこの機会に知っておきたいところだ。
驚いた事にスキルでも魔法でもないらしい。加えて精神を操作する類のものでもないという。彼の言葉はカイラの裏が取れているので疑いようがないのだが…それでもわたしは精神操作系の儀式なのではという疑念が捨てきれない。これは検証しなくてはならないだろう。
さて、いよいよ本命か。
白桜騎士団の団長になってからも久しく感じたことのない種類の緊張を感じる。
「マコト、君は妖精姫を知っているか?」
それまで淀みなくこちらの質問に答えていたマコトが初めて押し黙った。チラリとカイラに視線をやるあたりかなり警戒しているようだ。カイラの能力についてはバレたと見て間違いない。これについてはわたしのせいだ。わたし自身が尋問に不慣れなせいで必要以上にカイラの方を気にしてしまった。
返答を促すがマコトはジッとわたしの目を見据えるだけで口を開こうとしない。どれくらいそうしていただろうか。
思えばこれほど長い時間男性と見つめ合ったのは初めてだ。わたしが少しばかりの気恥ずかしさを覚え始めたそんな時だった。マコトが口を開いたのは。
「…知っていたとして、俺をどうするつもりですか?」
やっと口を開いたかと思えばYESともNOとも取れない言葉。わたしは質問に質問で返したマコトに苛立ちを覚えた。
「質問しているのはこちらなんだが?」
自然と語気が強くなる。だがマコトはそれに動じる事なく、むしろ瞳に強い覚悟の色が刺す。
雰囲気が変わった?
先程までの彼にはなんの脅威も感じていなかった。多少見所はあれど、ここにいる部下1人で容易く取り押さえられる程度の男でしかなかった。
それが今や団長たるわたしをも警戒させるだけの凄みを全身から発している。
…これがマコトの本気か。伊達に予言に出てきたわけではないな
「確かに俺は妖精姫のことを知っている」
マコトの変化は口調にも現れていた。一人称がわたしから俺になり、丁寧な口調だったものがどこか挑発的な雰囲気を纏ったものに変わっている。
わたしは急ぎカイラに今の言葉の真偽を確認する。そんなわたしにカイラしっかりと頷いた。わたしは王国の長年の悲願である、妖精姫への手掛かりを遂に見つけられた、ということへの喜びそのままに口を開きかけ、マコトの有無を言わさぬ眼光にそれを止められた。
喜び勇む私達とは対照的に、続くマコトの言葉は酷く冷たいものだった。
「だが、話すかどうかは別だ。彼女について知ったとして…あんたたちは彼女をどうするつもりだ?」
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マコトの言動は礼を失したものだ。特にフロルとカイラについては貴族の出なので尚の事無礼と断じてあまりある。
だからだろう、上官想いのベティが無礼者を取り押さえるべく動こうとしたのは。
「動くな、ベティ」
しかしてそれを止めたのは先程無礼を働き、今まさに取り押さえんとした相手。マコトは視線を一切動かす事なくベティが動く素振りを見せる前に制止の言葉を放った。
これにはさしもの騎士団団長と言えども驚きに目を見開く。しかし1番驚いていたのは制止されたベティ本人だった。
「ど、どうしてわかったの…?」
マコトが声を発した時、ベティは今まさにマコトに飛びかかるべく動き出す直前だった。
「答えるつもりはない。それより俺の質問に答えろ。フロル・セレシェイラ」
マコトは困惑するベティを素気無くあしらうと、フロルに対して取り調べをするように問い詰める。先程とは立場が逆だ。
そんなマコトの態度にベティがムッと眉間に皺を寄せる。シェリーも左手が剣の柄に伸びている。フロルはそんな2人に目配せをすると優しい声音で釘を刺す。
「2人とも、手を出さないように」
今度はフロルが部下を諫める。フロルには予感があった。今手を出せば取り返しのつかない事になるという予感が。そしてそれはマコトの眼が物語っている。
二度目はない、と
「マコト。君と妖精姫がどのような関係かはわからないが、君が妖精姫を大切に思っていることは良くわかった。その上でまずは話を聞いてほしい」
マコトは返事をする代わりに目で続きを促してくる。
「私達…いやネファレム王国には妖精姫に危害を加える意図も、利用しようとする意図もない。信じてもらえるかわからないが…あるのはただ、恩を返したいという想いだけだ」
マコトは先程と変わらずジッとフロルのことを見つめていたが、突然ふと肩の力を抜いた。それに合わせてマコトを包んでいた剣呑とした雰囲気も霧散する。
「…そうですか、良かったです」
「し、信じてもらえるのか?」
こちらにはカイラがいるから真偽の判別は可能だがマコトはそうではないはずだ。先程までの剣幕からは想像もつかぬ程にあっさりと信じるマコトに戸惑いを隠せない。
「それについてはわたしにも言葉の真偽を確かめる術がありますので。とりあえず、皆さんのことは信用します」
「そうか、ありがとう。参考までにその術とやらを教えてもらえないだろうか」
「それはまた後日にしましょう。それよりも先程までの礼を失した言動の数々、お詫び申し上げます。申し訳ありませんでした」
俺はそう言って頭を下げる。
「わたしのことなら気にしなくて良い。君を警戒させてしまうような聞き方をした、わたしにも責任があるからな」
「感謝致します」
そう言うと俺は顔を上げ、【妖精姫の呼び鈴】をインベントリにしまう。次いで身体をズラして背後のベティに顔を向ける。
「ベティさんにも大変失礼なことをしてしまいました。申し訳ありません」
ベティにも頭を下げようとするがそれよりも早く彼女がずいっと顔を近づける。やっぱりこの子は近いな。
「さっきみたいにベティで良い!敬語もなし!それよりも!後でなんでアタシが動くのがわかったのか教えて!無視した分ちゃんと!」
至近距離まで顔を近づけて一気に捲し立てるベティの態度に一瞬ポカンするが、すぐに小さく笑みを浮かる。
「わかったよ、ベティ。無視しちゃった分ちゃんと教える」
「よし!やくそくー!」
「はいはい、やくそくやくそく」
そう言って笑うマコトはフロルから見てここにきてから1番良い顔をしているように見えた。
「そろそろ話の続きをしようか」
「はい、お願いします。恩を返したいとのことでしたが、具体的にはどのような恩なのですか?」
「結論から言うとティアラを時の姫に持たせて下さった恩、だな。【妖精姫のティアラ】には穢れを払う力があり、それにより姫のお命は救われた」
昔のフィルにそんなことがあったのか。
「なるほど…それで恩を返すとは?」
「そのままの意味だ。ティアラを妖精姫に返還する。それが長年の王家の悲願だ。だが妖精姫の足取りが掴めず、君が現れるまで手掛かりもなかった」
俺は顎に手を当て暫し思案する。
「何故そこまでティアラを返還しようとするのですか?」
借りたものは返すが当たり前とは言えあって困るものでもないのに必死に返そうとするのは不自然だ。
「…君は妖精姫にとってのティアラがどういうものか知っているか?」
フロルの顔に影が落ちる。
「いえ、知りません」
「妖精姫にとってのティアラは妖精女王となるための証であり、濾過装置でもあるんだ」
「濾過装置?」
「ああ、妖精族は世界の穢れを払う種族だ。彼等は戦争やモンスターによる被害などで発生した人の悪感情、大地の汚染などを穢れとしてその身に取り込む。姫も人の身でありながらこの性質をお持ちだったそうだ。取り込まれた穢れは妖精族の王族に集められ、ティアラにより浄化される」
「それってつまり」
「ああ、ティアラを失った妖精姫は体内に溜まり続ける穢れを払うことができない。そしていつか穢れに呑まれ、モンスターとなる。世界を脅かすほどのモンスターに」
「…ちなみに妖精姫がティアラを失ってからどれだけの年月が?」
「約300年になる」
「さっ…」
思わず言葉を失う。それほど長い間穢れを浴び続けてフィルは平気なのか?平気なワケがない。
「おそらく限界は近いだろう。ここまで穢れに呑まれず耐えていることの方が不思議なくらいだ。余程力ある妖精姫なのだろう」
俺はこの時フィルとのやり取りを思い出していた。彼女は俺の申し出を断る時、弱いからと言っていた。もしかしたらそれは、弱ければ穢れに呑まれモンスターに成り果てた自分を-------------
------殺せないから?
【ユニーククエスト「妖精姫とティアラ」】を受注しました。
クエストを開始しますか?
→はい いいえ
もちろんYESだ。だがこのタイミングでアナウンスが出るってことは、もしティアラを取り返せなければ、俺に殺されることも考えてるってことで間違いない。胸糞悪い話だ。
「安心してください。必ず助けます、必ず。あの少女を穢れなんぞに食わせたりしません。わたしの命に掛けて」
「私達も協力は惜しまない。できることがあれば言ってくれ」
その言葉を待ってました!今のところ嗅覚をより強くすることにしか使えなかった【嗅覚増強】が遂に真価を発揮できる。
「ティアラを俺に預けてもらうことは可能ですか?」
正直これができれば一発クリアなんだが。
「すまない…それはできない。というかそもそもティアラは王城から動かせないんだ」
「動かせない?なぜ?」
「詳しくは国家機密なので話せないのだが、やむを得ない事情により動かすことができない。なので妖精姫には王城に来てもらうしかない」
そう簡単にはいかないってことか。だがフィルさえ連れて行けば良いのならそれほど難しい話でもない。ユニーククエストにしては簡単すぎる気がするが。
ひょっとして戦闘になる?
可能性は大いにあるな。俺も王国が完全な善意でティアラを返還しようとしているとは思っていない。フロル団長達とは違い何か企んでいる奴がいても不思議じゃない。
詰まるところ後になって後悔しないためにも強くならなければならない。なるべく早く。
「わかりました。わたしはひとまず戦えるだけの力をつけます。何があってもいいように。その為に団長達には協力してほしいことがあります」
「任せてくれ。見習い学校には我が騎士団から派遣された講師もいるからな。口利きも可能だ」
「いえ、団長たちにしていただきたいのはもっと別のことです」
「ん?なんだ?」
【嗅覚増強】は自身の嗅覚を強化し、嗅いだ匂いに応じて自身の能力値を引き上げるスキルだ。しかしただ匂いを嗅げば良いというわけではない。対象となるのは臭気だ。となると必然、
「団長達には靴下をいただければと」
こうなるよね。
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