第8話 あらぬ疑いをかけられしは
「そろそろ自己紹介を続けてもいいかな?」
スメルトリップをキメていた俺に声が掛けられる。気持ち金髪美女以外からの視線が鋭くなった気がするようなしないような。
「し、失礼しました。わたしはマコトといいます」
「ではマコト、わたしは白桜騎士団団長フロル・セレシェイラだ。よろしく」
「だ、団長!?」
俺は今日1番驚いた。思わず声も上擦る。王国騎士団の団長がこんな若くて綺麗な女性という事実よりも、その若さで騎士団団長にまで登り詰める実力をこのフロルという女性が持っているということに。
【嗅覚解析】は相手の心理状態や性別、強さなど多くのことを匂いから判別可能な超有能スキルのだが、こと強さに関しては今の俺を基準とした強さしかわからない。つまり誰も彼も格上ということしかわからない。具体的な強さを知るには今の俺自身が弱すぎる。
「どうやら今度こそ驚いてくれたようだな」
フロル団長はそう言って笑うが俺にはその笑顔に見惚れる余裕がない。騎士団の団長が出張るなど普通のことではない。尋問官など部下にやらせて当然の仕事だ。
「フロル騎士団長、なぜ団長自らわたし如きの尋問を?」
「その疑問に答えるのはもう少し待ってくれ。まずは彼女達にも自己紹介させてあげてほしい」
フロル団長が目配せをすると知的美女が溜息を吐きながら自己紹介をしてくれる。
「カイラ・ルシェル、団長補佐です。よろしく」
フロル団長もそうだがカイラさんも家名付き、つまり貴族の出なのか。それにしてもクールだ。
「次はアタシだな!」
俺の背後にいたチャキン騎士もとい活発美少女が肩越しに身を乗り出してくる。ちょっと待って顔近っ!
「アタシはベティ!一番隊所属だ!よろしくなマコト!」
俺がドギマギしているのを他所にニッコニコなベティ。あのぅ、そろそろ離れてくれませんか?
「んー?マコト顔赤いぞ大丈夫かー?」
この子やばい!悪意も作意もないから余計にタチが悪い!こんな状況でなきゃ勘違いしてたかもしれない。
「ベティ〜?いつも言うけどあなたは男性との距離が近いのよ〜。そのせいでいつも勘違いされて面倒なことになるんでしょ〜?」
助け舟を出してくれたのはオネェ騎士改めゆるふわ騎士さんだ。
「よくわかんねー!近い方が捕まえやすくてイイじゃん!」
ベティは俺から離れるとぷいっとそっぽを向いて唇を尖らせて不満を口にする。だがベティよ、男はみんな単純なんだ。美少女がベタベタしてくるのは精神衛生上良くない、とても良くない!すぐ勘違いして後で傷つくからホントにやめてよね!
「ごめんね〜ベティはいつもあんな感じなの〜。最後はわたしね〜わたしはシェリー、ベティと同じ一番隊所属よろしくね〜」
小さく手を振りほわほわとした雰囲気のシェリー、やはりデカい!フルプレートアーマーの胸部装甲の作りが他の3名とはまるで違う。
俺はシェリーの胸部装甲から目を離すとフロル団長に視線を移す。
「さて、自己紹介も済んだことだし本題に入ろう。マコト、君には幾つか質問をするから正直に答えてくれ」
「わかりました」
「カイラ準備の方は?」
「いつでも大丈夫です」
チャッと眼鏡を掛け調書を作成するための準備を整えるカイラさん。眼鏡をするのは何か理由があるのか知らんがとても良くお似合いです。
「ではまず、君は今までに犯罪を犯した事はあるか?」
「いえ、ありません」
あちらでもこちらでもないぞ。本当だぞ。
「この街で良からぬことをしようと企んでいるか?」
「そんなことは微塵も考えてません」
「君はネファレム王国に仇名す者、もしくはその仲間か?」
「違います。そんな知り合いもいません」
ここでフロル団長はチラッとカイラさんの方を見る。カイラさんが小さく頷くと再び質疑を再開した。
「先程の騒ぎは君が起こしたものか?」
「…か、間接的にはそうです。原因となったのは間違いないので」
「見習い学校に襲撃を仕掛けようとしたそうだがそれは事実か?」
「え!?何の話かわかりませんがそんな事実はありません!」
再びカイラさんに目配せをするフロル団長。流石にここまでされたら俺にも分かる。あの眼鏡に仕掛けがあるのか、カイラさん自身の能力かは定かではないが、何かしら真偽を判別する術を持っているのだろう。
「ふむ、報告には学校に殴り込む勢いだったとあるが事実は違うようだな」
あれのせいか
『さ、さぁみんな!見習い学校に行くぞー!』
『『『『『『『おぉーーー!!!』』』』』』
うん、確かに見ようによっては襲撃を掛けようとしているように見えないこともない。何故かみんな動かないからヤケクソで放った言葉が巡り巡って自分に牙を剥くとは。世の中わからないものだ。
「では君はミラという女性と共謀して騒ぎを起こしたか?」
「いいえ、騒ぎを起こす意図はありませんでした。あくまでミラとわたしという個人の間でやり取りをしていただけです」
「騒ぎの原因となったのはそのやり取りか?」
「はい、お恥ずかしい話、周りへの配慮を失念しておりました。まさか見聞きした者達が悪ノリしてくるとは」
マジであそこまでの騒ぎになったのは最初にマコトコールを始めやがった奴のせいだ。お陰様でクソみたいな称号まで貰っちまった。絶対見つけ出して殺すッ!
「では騒ぎの原因となったというそのやり取りを一から説明してくれ」
「えっ…!?」
あれを一からとか割と羞恥プレイでは?てかミラが不憫に思えてくるんだが?
「ん?何か問題が?」
「あー問題というか、1人の人間の尊厳と言いますか…」
俺が口籠もっていることを不思議に思ったのか小首を傾げるフロル団長。
「???」
くそぅあんな風に可愛らしく首を傾げられたらもうダメだ!あちらに真偽を判別する術がある以上、下手に隠したら余計に怪しまれるだろう。すまんミラ!お前の痴態を余す事なく話すことにするぜ!成仏しろよ!
「…わかりました。話します。最初はーーーーー
ーーーーーーで、この後このやり取りを見聞きしてた者達がバカ騒ぎを始めました」
当時を思い出しつつ会話を再現するというのはなかなかに難しい。慣れない作業で少々疲れてしまった。
俺がミラの代わりに哭いたシーンは割とウケた。身体を張った甲斐があったな。
一通り説明し終えたのだがフロル団長はなんだか難しい顔をしている。
「ミラ君は何か特殊な病気なのか?もしそうだとしたら長時間の取り調べは厳しそうだ」
「フロル団長、ミラは頭の病気ではありますが、命の危険があるわけではないのでご安心を!」
「あ、頭の?それは大丈夫なのか?頭は危ないぞ?」
「はい、全く問題ありません!なので安心して取り調べて根掘り葉掘り聞いてあげてください!きっと喜びますので!」
「そ、そうか。わかった」
まず間違いなくミラはエキサイトすることだろう。羞恥に溺れ果てるがよい。包み隠さず話してしまったせめてもの詫びだ、ミラよ楽しんでくれたまへ。
それにしてもフロル団長はセンシティブな方面には疎いようだな。カイラさんとシェリーさんは若干気まずそうな匂いがするので分かっていそうだ。ベティは「びょうきかー」と呟いていたがどっちの意味かはわからん。ついでに匂いも特にしないのでそもそも興味がないらしい。
「騒ぎが起きた原因については分かった。君とミラ君が騒ぎを起こそうとしたわけではないということも。だが気になる事がまだある。謎の手拍子についてだ」
「手拍子ですか?」
「ああ、その手拍子を境に騒ぎが一気に鎮静したらしいが君がやったんだろ?あれはなんだ?魔法か?スキルか?」
「いえあれは…そう、奥義です!」
カイラさんが首を小さく横に振る。
「マコト、ウソは良くないと思うぞ?手の内を隠したいのは分かるが、もしあれが魔法やスキルならば騎士団としても取り入れたいと思っているんだ。教えてはくれないだろうか」
美人の頼みは断れないのが男の辛いところですな。まぁ隠すほどの事じゃないしな。
「あれはスキルでも魔法でもありません」
「なっそれは本当か!?」
俺がそういうとフロル団長だけでなくこの場にいる全員が驚愕していた。え、なんで?
「はい、あれは三本締めという俺の故郷に伝わる締めの儀式のようなものです」
「精神操作系の儀式か?」
「違いますよ!?なんですかその物騒なの!」
何をどう勘違いしたら三本締めから精神操作なんて発想が出てくるんだ。
「では何故あの騒ぎを一瞬にして鎮められたのだ?」
「みなの心が一つになったからですね」
「やっぱり精神操作の類じゃないか!?」
Shit!これでは三本締めが謎の精神操作系の儀式として周知されかねん。
「いえ、誓って、本当に、違います」
フロル団長はもう隠す事なくバッとカイラさんの方を確認する。カイラさんもカイラさんでコクコクコクコクと赤べこみたく頷いてる。なんか面白い。
「分かった…そこまで言うならこの件は後ほど検証するとしよう」
え、それって俺も付き合わなきゃだめですか?だめですね、はい。てかまだ疑ってるんですね。
「君はその儀式を騒ぎを治めるために行った、ということで相違ないか?」
「はい。あの場を収める方法がわたしにはそれしか思い浮かばなかったので」
カイラさんが大きく頷いた。どうやら俺への嫌疑は晴れたらしい。三本締めへの疑いも晴らしてあげないとな。
「よし、質疑はここまでとしよう。マコト、君達が意図して騒ぎを起こしていないことは分かった。そして事態の収拾に尽力してくれたこと、感謝する」
「いえ、原因はわたしとミラの迂闊な言動にありますから。今後は注意します」
さてそれでは三本締めの疑いを晴らしてお暇しますかね。学校の通学路の寄り道にしては物騒だが得たものもあったので良いだろう。席を立とうとする俺の肩をベティがガシッと掴む。てか力強っ!痛い痛い!
俺が苦悶の表情で声にならない悲鳴をあげていると、フロル団長は苦笑しながらそっと止めてくれた。
「ベティ痛そうにしてるから離してやってくれ」
「ごめんマコト!大丈夫か?」
ベティは慌てて俺の肩から手を離すと心配そうに再び肩口から覗き込んでくる。近い近い!可愛いなちくしょう!
「なんとかね…ベティは力が強いんだな」
「鍛えてるからな!」
フンス!と腰に手を当て得意げにするベティ。ベティの相手をしてると年齢は俺とそう変わらないはずなのに小さな子供の相手をしてる気になるな。
「すまないがまだ話があるんだ。君はテミス教については知っているかな?」
「名前くらいは。確かこの街にもテミス教の教会がありましたよね」
「ああ、そうだな。テミス教の総本山たる大聖堂は王都にあるが、教会は国の各地に存在する。この街の教会もそうだ」
いわゆる国教というものか。宗教には疎いからよく分からないが。
「そのテミス教がわたしと何か関係が?」
今のところ教会のお世話になっていないから尚のこと俺との関係性が見えてこない。
「少し違う。だが無関係ではないな」
なんだか要領を得ないな。思わず思案顔になってしまう。
「すまない、言葉が足りなかった。君に関係するのは予言だ」
「予言、ですか」
おいおい予言とは穏やかじゃないぞ。アルスの地に災いの元現れり、その者クンカクンカなれば世を混乱へと誘わん、的な?
「うむ、大聖堂におられる神託の巫女様の予言だ」
神託、ということは予知ではないのだな。それにしても神託の巫女ね。今後も何かしら重要な場面で名前が出そうな人物だな。
「予言の内容はお聞きしても?」
「ここまで話したのだ。かまわないよ。一つ目の予言はアルスの地に大勢の旅人が現れるというものだ。そして彼等を無碍に扱うと王国に災いが振りかかる、と」
なるほど。これはおそらくGM(ゲームマスター)からのものだ。突然旅人が大挙してアルスに現れればそれだけでパニックが起こりかねない。先んじて神託という形で知らせる事で対処するよう促したわけだ。その対処法が旅人の排除に向かないよう釘を刺している辺り間違いないだろう。
「つまりそのために白桜騎士団がこの街に派遣されたわけですか」
「いや、それもあるが。もしそれだけならば団長であるわたしが出向くことはなかったよ」
それもそうか。大型モンスターを相手取るわけでもないし戦争するわけでもないのだから。
「君は先程わたしに問うたね。なぜ団長であるわたし自ら君の尋問をするのか、と」
「はい、その理由は今もわかりかねます」
すっかり慣れてしまっていたが目の前にいる彼女は本来こんなことをする立場にない大物だ。
「予言はもう一つあったんだ。そしてこの予言こそ、我々白桜騎士団が派遣された本当の理由であり、わたし自らが君の尋問を行った理由でもある」
なんだ、急に室温が下がったような。そう錯覚するほどに部屋の空気が緊張感を孕む。思わず生唾を呑み込みフロル団長を見据える。フロル団長はその青い双眼で真っ直ぐに俺の瞳を見つめ、静かに言葉を放った。
「マコト、君は妖精姫を知っているか?」
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