異世界召喚されたって誰もが英雄になれるわけじゃない

嵐山之鬼子(KCA)

【序章】

 私立洛賀季学園は、今年で創立百年を迎える男子高である。

 春休みを目前にした今日3月10日、この学園は前代未聞の不幸に見舞われることになる。


 7時間目の授業とそれに続くHRが終わったばかりの1年A組の教室の床に、突如として光り輝く魔法陣のようなものが浮かび上がり……。

 次の瞬間、まだ教室に残っていた1-Aの生徒9人と担任教師、そして運悪く用事があって1-Aを訪ねて来ていた2年生の生徒ふたりの計12名が光に包まれ、そのまま何処かへと消え去ったのだ。

 その様子は、幸運にも教室から既に出て廊下にいた1-Aの他の生徒や、たまたま通りがかった別のクラスの生徒数名に目撃され、すぐさま職員室に報告される。


 もっとも、どう考えても尋常ではない──むしろ超常現象としか思えないこの事件の真相は、警察その他の公的機関をも巻き込んだ念入りな調査でも判明せず、ネットや週刊誌で「現代の神隠し」として話題になった。

 そして、様々な憶測や噂の中でも一番バカバカしいモノが、実はもっとも真相に近かったのだ。

 ──そう、彼らは「異世界ティスファ(TiSFar)から魔法によって勇者となるべく召喚された」のだ。


 ただし、12人はそのままの姿でティスファへと移動したわけではない。

 光に包まれた際、いったん霊的エネルギーに分解されて、ティスファへと現れ、その時「天命にない不慮の死に瀕していた人間」たちの体に吸い込まれ、その体内(なか)で意識を取り戻す。

 異世界召喚と言うよりは、むしろ憑依もしくは転生といった方が近いのかもしれない。


 そして、彼らの召喚(転生?)から8年あまりの時が流れた。


 召喚された12名のうちのひとりが、ガスト王国のとある地方の辺境伯家の三男となり、成長後に見事聖なる力に覚醒したことで、王都で正式に王家公認の勇者に任命される。

 また、別のひとりは賢者、もうひとりは剣豪として既に名声を得ており、勇者の仲間として、甦った邪神を斃すための旅に同行することになる。

 旅の途中で加わった4人目の仲間──癒しと浄化の神聖魔法を得意とする聖女もまた、かつてのクラスメイト(の転生した姿)だった。


 一年半あまりの厳しい旅の末、勇者一行は見事に邪神を斃し、再封印(※邪神自体は不死のため)に成功する。

 旅の顛末を王宮で報告した彼らは、国王その他の国の重鎮から、四英雄としてその偉業を称えられ、勇者は領地を与えられて伯爵に、剣豪は王子の護衛兼剣術指南役に、賢者は魔法学園園長に任じられる。

 聖女だけは、王都の神殿の大司祭に──という褒美を断り、(元の世界では幼馴染だった)勇者の領地に同行することを望んだ。


 その後、王国南東部の山海の恵み豊かな地(※婉曲な表現)の領主となった元勇者は、(現代知識チートも交えつつ)それなりに領地を栄えさせた。同行した元聖女とも親交を深め、半年後には“彼女”と華燭の典を挙げることになる。

 元剣豪や元賢者も、(多少退屈ではあるが)それなりに満足のいく穏やかで恵まれた日々を過ごしている。

 それは絵に描いたようなハッピーエンド、「めでたしめでたし」な英雄譚の結末だと言って良いだろう。


 しかしながら、四英雄たち以外の残りの8人もまた、このティスファの地で懸命に生きているのだ──何の因果か、その8人全員、男から女に変わって、だが。

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