第17話 少女に傘を差せ。②

「うん。お兄ちゃんに任せて。絶対に怒られないようにするから」

 僕は笑顔で少女に声をかける。最近は自分から笑顔を作るなんてしないからぎこちなかったかもしれない。


天空あまぞらくん何か思いついたの?」


 日照雨そばえさんが期待と不安が混じった眼を向ける。

「あぁ。多分上手くいくと思う」


「でもさ、怒られる怒られないの前にどうやってこの娘の親御さんを見つけるの? この娘自身はサービスカウンターに行きたくないって言っているし……」

「それは僕がなんとかするよ。ただ……」

「ただ……?」


 僕はそれを言うのを躊躇する。

 そんな僕の様子を悟った日照雨さんは「言って」と先を促す。


「映画の上映時間には間に合わないかもしれない。この娘は僕が責任もって親御さんへ送り届けるよ。だから日照雨さんだけでも先に――」

「私も行くよ」


「え、でも――」

「ううん。私も行く。私はただ映画が見たいわけじゃないよ。映画が見たいの。それに私がこの娘を見ていればさ、天空くんはこの娘の親御さんを探すのに専念できるでしょ? 分業分業! アダムスミスも確か『分業大事』って言ってたでしょ」


 日照雨さんは笑顔でそう言ってみせる。その笑顔の奥には強い信念みたいなものを感じる。だからこれ以上僕が何を言ってもきっと彼女は引き下がらない。


「わかった。じゃあ一緒に探そう」

「うん!」

 日照雨さんが力強く頷いてくれる。

「さっきも言ったけど僕はこの娘の親御さんを探すことに専念する。日照雨さんはその間この娘のことを見ていて」

「了解」

 日照雨さんは少女の手をぎゅっと力強く握り、「大丈夫! お姉さんたちに任せて!」と声をかけている。

 少女も日照雨さんの言葉を受けてその手を強く握り返した。


 僕はその様子を横目に息を深く深く吸い込んでゆっくりと吐き出す。


 他人ひとの為にこの"力"を自分で使うと決めたのは3

 もう他人の為に使うつもりなんてなかった。

 それも日照雨そばえ瑞陽みずひと出会ってから僕は君に振り回されている。


 でも――それも悪くないと思い始めているよ。


 顔を上げ、周囲を見渡す。

 瞬間――視界内にいる人間の頭上に様々なマークが浮かび上がり、それらが情報の塊として脳内に雪崩れ込んでくる。


 その情報をほぼ無意識のうちに処理をし続ける。

 そう――ひたすらに。

「晴れ、晴れ、晴れのち曇、晴れのち雨、晴れ、曇り、雨のち晴れ……」

 やはりこういうショッピングモールにいる人たちはポジティブな感情を抱くことが多いという僕の経験からくる仮説は正しかったようだ。


 だからこそあの娘の両親を見つけられると思った。

 さっき1階で見たとき、お母さんの上には雷、お父さんの上には曇と雨が浮かんでいた。だから僕は違和感を抱いたんだ。

 状況的にはさっきと重なる。

 だったら今も同じような感情を抱いているはず。


 この人混みの中、顔がわからない人を自力で見つけるのはほぼ不可能。

 でも、この"力"を使えば今の2人は目立つ存在――マイノリティーになる。


 ぐらッと足元から崩れる感覚がする。

 頭が外側から握られ、内側から膨張していくような痛みに襲われる。


「天空くん!? 大丈夫!?」

 僕は右側頭部を手で押さえながらバランスを崩してしまう。

 日照雨さんが僕の腕を掴む。

 かろうじてバランスを保っていられる。

「ありがと、日照雨さん」

 自分から意識して使うとなると脳への負荷が強すぎる。


 少女は不安げな面持ちでこちらを見ている。

 頭上には雨マークのみ。

 痛みを誤魔化すように精一杯の笑顔を浮かべ、少女の頭に極めて優しく手を添える。

「大丈夫。絶対に見つけ出すから。だからそんな悲しい顔しないで。ね? にって笑って?」

「う、うん! お兄ちゃん頑張って!!」

 雨マークの裏に晴れマークが透けて見える。


「うん。ありがと。お兄ちゃん頑張るよ」


 そう少女にそして、自分に言い聞かせる。


 もう少し中央に近づこう。そこで見えなかったら下に行くしかない。

 歩いている最中も容赦なく情報が襲い掛かってくる。


 でも、もう慣れた。

今は強がりでも誤魔化しでもいい。

慣れたと言い聞かせろ。脳を錯覚させろ。


 ベルトコンベアーを流れる製品を検品するように視界に入るマークを確認して、排除していく。


「晴れ、曇と晴れ、晴れと曇、晴れと雨、雨と雷……いた……見つけた」

「ほ、本当に天空くん!?」

「うん……間違いない。行こう」


 僕はなけなしの体力を振り絞って雷雨のもとへ走った。

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