第8話 爽やかな空模様②

「言いたいこと、あるなら言っていいよ」


 日照雨そばえさんと目を合わさずに僕は告げる。

 彼女はゆっくりと首を左右に振り、柔らかい笑顔を浮かべる。


「ううん。言いたいことは……ないよ。大丈夫」


 大丈夫――ね……。

 言いたいことがない人の顔じゃないんだけどな。

 とは言っても出会って間もないやつにそんなポンポンと言いたいこと言えないか。


「それは――そのうちわかる。いや、言ってくれるってやつ?」

 日照雨さんは目を見開いてわざとらしく目を逸らす。


「あはは。そう。そういうことだよ。天空くん私のことよくわかってるね」

「3時間前に会ったばっかりだけど」

「そっかそっか。そうだったね」


 日照雨さんは自分の感情がわからない。


 だからなのか。

 彼女の頭上に浮かぶのは晴れマークのみ=快晴 という状態。

 なのに、僕にも彼女の感情がわからない。


 僕は僕の力を過信しすぎているのか。

 100%正しいなんてことを証明する術を少なくとも僕は知らない。

 これまでがたまたま全て正しかっただけかもしれないから。


 その笑顔が何かを誤魔化している。隠している。

 そんな気がしてならない。


 でも、追及もできない。

 他人ひとが言いたくないことを無理やり聞く趣味はない。


「それよりも今後の予定についての話をしようよ」

 今思い浮かんでいることを忘れるように話を戻す。

「あーそうだったね! の話をしないとね」

 強調せんでいい。


「どこ行くとかそういう見通しはあるの?」

 日照雨さんは右手を顎の当てて、身体を揺らして考える。


「うーん? 端的に言えばないっ!」

「ないんかいっ!」

「えへへ。天空くんって良いツッコミしてくれるよね」

 笑ってごまかしても、褒めてごまかしてもそうはいかないからな。


「何も考えてなかったのか……」

 はぁとため息をつく。

「ちょっ、そんな露骨に残念がらなくてもいいじゃんか。私デートとかしたことないし……」


 頬を膨らます。

 最近見たなその顔。


「一体僕のことをどんな気持ちでいじってたんだか」

「それとこれは別なのー」

 自分を棚に上げやがって。


「まぁ、デートの定番はやっぱりショッピングモールに行くとかじゃないのか。あとは水族館とかさ」

「あくまで一般論だけど」と付け足しをしておく。


 条件としては確か『感情が揺れ動く体験』

 なんだ感情が揺れ動く体験って。

 感情は揺れ動くのが当たり前だしな。改めて考えると難しい。


「とりあえず天空くんの言う一般論に従うのがいいんじゃないかな」

『デートもしたことのないやつの一般論草』みたいなニュアンスが含まれた言い方に引っ掛かるけどまぁいい。


 世のカップルがまず行きそうなところ――


「「利府イオン」」


 声が重なった。


「デート未経験者同士が考えることは同じってことか」

「なんかその言われ方複雑なんだけど……」


 日照雨さんはよいしょっ! と言いながら勢いよく立ち上がる。

「いつ行こっか。ちなみに明日からGWだよ」

「GW、ねー。もうそんな季節なのか」


 スマートフォンを取り出し、カレンダーを見る。

 今年のGWは三連休のあと、月曜日が平日、火水木が休み、金曜日も平日。そして、土日。そんな感じ。

 休みの取り方によっては最大10連休になるみたいだな。


 学校も融通を利かせて月曜日と金曜日を休みにしてくれればいいのに。

 でも、土曜授業があとあと増えたり、夏休みが減るのも嫌だな。


「ちょうどいいや。連絡先、交換しよ?」

 日照雨さんはチャットアプリのQRコードを映し出した画面を僕の顔の正面に持ってくる。

 僕はそれにスマートフォンをかざし、読み取る。


 日照雨そばえ瑞陽みずひと記載された画面が僕の眼に飛び込んできた。


「どうしたの? そんなジーっと見て。もしかして女の子と連絡先を交換したのは初めて?」

 からかうような声色。

「いいや、初めてではない。ただ――久しぶりなだけ」


 僕が極めて落ち着いた様子で否定したからだろうか。

 日照雨さんはその場に立ち尽くし驚いた様子だ。


「と、とりあえず家に帰ったらまた連絡するね。じゃあ……またね」


 日照雨さんは逃げるようにさよならの挨拶をして、走っていった。

 頭上の晴れマークが少しだけ大きくなった気がする。


 昼休みのときのように大の字で中庭に寝転ぶ。


「余計なこと……言ったかな」


 1人呟く。

 空には少しだけ雲がかかっていた。

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