私たちの夢はこれから始まる
私たちの夢──幼いあの子に対する希望は大きいものだった。
勇人が生まれた日、あの人はいつもよりも早く仕事を切り抜けて病院まで駆けつけてくれた。額に汗をかきながら生まれてくる我が子が健やかでありますようにと祈る。
彼と出会ったのは私が大学で研究をしている頃、あの頃から人口減少は深刻な問題となっていて恋愛結婚するカップルの人数も年々減るばかり。
仮に結婚したとしても離婚して離れ離れになってしまう、子どもも作らずにお互いがそれぞれ違う世界で生きて行く。
そんな世の中に変わって中、女性も結婚を望まない人が増えてきた、男性は仕事に追われまともに婚活なんていうものと縁遠い生活を送っていたし、世間では女性がどんどん活躍の機会を増やして行った。
政治家や政府の官僚にも女が増えて彼女たちの独創的なももの捉え方やアイデアはこれまでの時代を変革する。
自分がやりたいことができる社会に近づいているような気がした。私は大学ではいつも研究室に篭りぱなしだった。家に帰らずに大学に寝泊りすることなんてしょっちゅうあって、将来の事を考えて今目の前にある課題に取り組んでいた。
そんな矢先、ふらりと私たちの研究室に紛れ込んできた人がいた。彼の名前は
ぎこちない笑顔で申し訳なさそうにすると缶コーヒーの缶を一本置いて出ていってしまう。
(変わったひと)
私の彼に対する最初の印象はあまり良いものではなかった。
それから毎日彼は研究室に顔を見せるようになる、そして何も話さずに差し入れだけを置いて帰ってしまう。
そんな奇妙な行動を繰り返す彼に私はイラついて次に研究室に来た時は追い出してやろう! と思った。
「ちょっと! あなた一体どういうつもりよ! いつも食べ物ばかり置いて研究室から出ていくなんて変よ」
「ああいや、すまない。気にしていたのなら謝るよ。ただ、君はずっとここに泊まっているんだろ? ちゃんとした食事は取っているのかい?」
「どうしてあなたがそんな事を知ってるの? まさかストーカーしてたとか」
「違う。僕は君と同じ学部の子から頼まれたんだ。その子とは偶然に同じ授業を取っていてね、それでいつも研究所に寝泊りしているひとがいるって話を聞いたんだ。頼まれたからこうして毎日様子を見にきてるわけさ」
「君が迷惑というのなら今後は来るのをやめるよ。それじゃあ、これは最後の差し入れになるかしれないな」
そう言うと彼は紙袋から栄養ドリンクとパンを取り出してみせる──今まで研究ばかりで自分のことを優先してなかった……。鏡を見てみるとあまり寝てないせいか酷い顔でボサボサの髪がだらしなさを演出する。
こんな姿を誰かに見られるのは恥! 一刻も早く何とかしないと! 私はそう思って一旦研究室から出て大きく深呼吸する。
「ほら、酷い顔だよ。ちゃんと寝てるのかい? 目の下にクマができている。研究も大事だろうけど、睡眠不足だともっと大変なことになりかねないからね、しっかりと休んだ方がいい」
彼は自分の着ていた上着を私にかけると差し入れの紙袋を置いて研究室を出ようとする。
「待って! あなた毎日来てるわよね? 同じ学部の人に言われたからって全く関わりのない相手のところを訪れるかしら?」
私がそう言うと彼は罰の悪そうな顔をして頭を掻く。
「全部お見通しってわけか、確かに最初は学部の子に言われたから様子を見るだけだった。だけど、研究をしている君の姿を見ているとね、何だか良いなあって感じたんだ。それからは完全に僕が望んでここに来るようになった」
混じり気のない、嘘をつくことも無い自分の言葉で話す彼に私は興味を持ち始めた。今まで自分の周りにいた人たちはこっちの顔色ばかり窺って腹の探り合い、駆け引きなんてチープな言葉が適切かはわからないけれど人との関係なんてそんなものだと思ってる。
お互いの利害が一致して相手がどれだけ自分にとって役に立つ人物なのか? なんていう事を考えながら生きる。
人の醜さはいつの時代になっても変わらないものね、私はうんざりしつつ彼に言われたように少しだけ仮眠を取ることにした。
眠った後は頭がスッキリしていつもよりも冴えている気がする。窓から差し込む日差しが眩しい。研究室にいる私に取っては新鮮味のない光景だけど今日は不思議と嫌な気分にはならなかった。
彼からの差し入れを食べながらぼんやりと考える、今まで接してきた人とちょっと違う男の人。
学部とかが違えば同じ大学に通っていても決して会うことはない。それも私を心配して声をかけてくれた相手、唯一自然なままの相手でいれるかもしれない。
(本当に変な人……)
研究も大事だけど自分の体のことも大切──体調を壊してしまったら元も子もない。肝に銘じておきます。
この時の私は偶然に運ばれてきた出会いを不思議に思いつつもこれから始まる未来へと繋がるまず第一歩目だと言うことは知らずにいました。
**
あの人と交わした約束のことを思い出す──決して忘れることはない、だって私たちの夢なんだから、今はちょっと勇人とも会わせる事はできないけれどいつか昔みたいに家族三人で笑い合って暮らすことができるのならー。
そのために私は自分に与えられた仕事を全うしなくちゃいけない。
ちょっとずつだけどいい方向に向かっていると感じる。
それまではこの話をあの子に話すのはもっと先になりそうね。
直人さん、待っていて下さい。私とあなたの夢、必ず叶えてみせるから。
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