Prologue
Prequel
〈今の状況はさながら人類滅亡の一歩手前ってところかしら〉
そんな事を呟きながら机の上に置かれた資料に目を通していく──繁栄を極めていた私達人類は今滅びの道を辿ろうとしていた。
ここ数十年で男女の人口比率は大きく逆転して全人口の八割以上が女性中心になった。
それだけではなく優れた遺伝子を持ち未来へ繋ぐ事の出来る男性が二割以下に減ってしまった。
そのためほとんどの女性は自然に妊娠する機会を失い、国が保管し管理している精子バンクから精子の提供を受けて人口受精させる方法でしか子孫を残せない。
限られた選択肢でしか子どもを作れない中、最後の優秀な遺伝子を提供してくれた二十代の男性が先日、以前から治療していた病気が完治せず亡くなってしまったという情報が私の元へ届いた。
──この危機的な状況をなんとか打開しないくてはいけない。
私は家に帰るのも忘れて日々仕事の毎日を過ごしていた、その行為が祟って息子の勇人との関係は修復ができないほどにまでなっていた。
子どもの頃から英才教育を受けさせて将来は私の仕事を継がせるつもりでいた。
あの子の為を思ってやっていた行為は真逆に働いてしまう、小さい子どもに大人の顔色を伺って生きるように教えてしまったせいか勇人は礼儀はしっかりとしているけれど他人に遠慮して人間関係を築く事に後ろ向きな性格になってしまった。
家の事を任せているメイドや家庭教師からは問題は無いという報告を受ける度にあの子が普段どういう生活を送ってきているのかが気がかり。
だけど、今は家でゆっくりしている時間なんて無い、大量の資料に目を通しながら作業を進めていく。
今度私が兼ねてより計画していたプロジェクトが正式に遂行される事になった。
〈ハーレム・プロジェクト〉 (正式名称自然繁殖推奨プロジェクト)
近未来の人口増加を目指す一大プロジェクト。
人工授精に伴う出生率の変化や男女の人口比率の逆転、男性の生殖機能低下など様々な課題を考慮した結果、過去の医療機関の検査で優性遺伝子を持ち合わせている男性をプロジェクトの中心人物に据え将来的な人口減少を防止し自然生殖活動を奨励。
このプロジェクトが成功には大きな意味を持っている。
枯渇してしまった優秀な遺伝子を未来へと残す事が可能なこと——人口受精から自然妊娠へと移行するいいモデルケースにもなる。
けれど、肝心な事が今も大きな障害に、遺伝子を提供する男性がいないという事。
全男性を医療機関で検査し遺伝子の優劣を判断して結果を受け取ったけど、全員が劣勢で精子バンクに登録する事すら不可能、生殖能力すら持ち合わせていないものだった。
「どうすればいいのよ!」
焦りと不安が一気に押し寄せてくる、苛立ちが積も机を叩いた。
「美鈴さん。少し休んだらどうですか?」
後輩の神崎歩美が心配してコーヒーを淹れてくれた。
彼女は本当に良い部下で私が研究を始めた時からからずっと一緒に仕事をしている仲、若いのにあの有名な恋麗女子学園の理事長も兼任している。
一旦休憩して頭を冷やそう。歩美からコーヒーカップを受け取って大きなチェアに座り込む。
「イライラするなんて美鈴さんらしくないですねね」
「もうじきプロジェクトが遂行されるのよ! ぼやぼやしてる場合じゃないわ」
ほんの数分間休んで中断していた作業の続きを始める。
「体壊さないようにしてくださいね」
コーヒーカップを下げて部屋を出ようとする歩美は何か思い出したように言う。
「そう言えば美鈴さんは息子さんのデータには目を通しましたか?」
「勇人のデータ? そう言えばまだだったわね」
昔、あの子にも医療機関で検査を受けさせた事はあるけど、私は直接立ち会っていないし結果なんて気にもしなかったわ。すぐに別の仕事が入ってそれっきりだったし。
「すぐに検査結果のデータ準備できるかしら?」
「はい。大丈夫です、ちょっとだけお時間頂けましたら」
「なるべく早くね」
歩美は十分も経たないうちにタブレット端末を持って戻って来る。
「今息子さんのデータを転送しますね」
手早く画面を操作してデータを私のパソコンに送って来た。
【検査結果】
内蔵機能に異常なし。その他に大きな障害も発見されず健康体そのものです。
と、お医者様の完結な報告のみで終えていた。わざわざ見るほどのものじゃないと別データに移行しようとマウスを動かしたら別のページへ移動してしまう。
特に問題はありませんが一つだけ報告するのなら今まで検査して来た男性の中でも【小鳥遊勇人】さんは特別に強い遺伝子を持っている事が分かりました。
また高い生殖能力を持ち合わせている唯一の存在だと言う結果が出ています。
ただ今回の検査結果をどのように判断なさるのかが一つ気になるところです。
強い遺伝子と高い生殖能力を持ち合わせている存在。
まさかあの子がそうだったなんて……。
私はこれから遂行されるプロジェクトの中枢人物に自分の息子を選ぶ事に決定する。
それがあの子の未来を左右する事になる。私は自分ができる最大限の形で勇人と向き合わなくちゃいけない。
研究室から届いた資料に目を通して私は大きな決断をするのでした。
仕事が落ち着けば息子とはちゃんと話す機会を作ろうと考えているわ。親の心を子どもがどの程度理解しているのかはわからないけれど、私は長い間あの子と“家族”として暮らす時間を犠牲にしてきた、その代償は長年の月日を得て積み重なり関係が破綻するには十分すぎるくらい。
常に勇人を第一に考えて仕事をしていた──あの子が幸せなら私も幸せ、小さな頃、希望に輝いた目で色々な事に興味を持っていた。
プロジェクトを必ず達成するという使命感に燃えてはいたけど、私は根本的な事を理解していなかった。
それに気づいた時は──もう取り返しのつかない事態に直面していた。
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