うみのお話

きつねとねこ

うみのお話

俺は海を見るのが好きだった。

悩むことがあったら、数十分で行ける隣の港町の海を見て気分転換をしていた。


そんなことで今日もまた海を見るために自転車をこいでいた。

普段は早朝に行くのだがその日は、きれいな満月だったこともあり、

月明かりに照らされた街頭を何時もよりゆっくりと海に向かっていた。

海につづく賑やかな街頭は暗く、全く別の道に思うほどに印象が違った。


「やっと着いた」


ようやく到着した海岸に自転車を海岸線の手すりによりかかるように止め、かごに入れ持ってきていた微糖の缶コーヒーを手に取り、手すりに肘を付けて缶のふたを開ける。波の音しかしない海辺に缶の開いた音が混じる。

深いため息をつきながらしばらく海を眺める


“今日は夜に来て正解だったな”


いつも見る明るい海とは違い明るい満月に照らされた海は、きれいに輝いて見え暗い夜間に来た甲斐があった。


「あれ先輩もう来ていたんですか」


しばらくそうしてぼんやりと海を眺めていると不意に後ろから声をかけられた。振り返ると一年程前にこの海辺で出会った後輩の白井 宇美が少し驚いたような表情で自転車を押していた。


「早く今日の海を見たくてな。そういう白井も予定より少し早いだろ」


腕時計を確認しながら、予定の時間よりまだ少し早いことを言うと白石は「まあ私も家が近いとは言え早く見に来たかったのですよ」そう言う彼女は少し照れ臭そうだった。


「それにしても満月の夜の海はいつも以上に綺麗だな」

「そうですね。でも朝も夕方も綺麗ですよ」


お互いに少しの会話をゆっくりとしながら海に魅入られるように月に照られ輝く海面を眺める。


「それで、何か悩みでもあるんですか?」


話すことがなくなり少しの沈黙の後、白井が何か悩みがあると感じ取ったのか俺の悩みを聞いてきた。彼女の疑問の答えを口にしたい気持ちはあるが、その質問に答える勇気を出す事が出来ずに「特には無い」と嘘で曖昧にすることしかできなかった。


「・・・嘘ですね。先輩が嘘を言うときの癖が出ていますよ」

「なんだそれ」


嘘を言い当てられてしまったことに少し動揺をしてしまい、どんな癖が出ているか聞こうとするといたずらっ子のように笑いながら「私の質問に答えてくれないと、教えません」と言われて観念し、彼女質問の答えを口にした。


「好きな人が出来たんだよ」

「え!?」


バツが悪そうに俺がそう答えると、彼女は驚いて声を上げた。


「・・・誰ですか?」


すぐさまそう聞き返してきたので、意趣返しのように「言わない」と言うと、そこからしばらくは腕にしがみつき誰が好きになったのかをしつこく聞いてきたが、そうこいしているうちに帰宅の時間になったために白井からの質問攻めを何とか凌ぐことができた。


「教えてくれてもいいじゃないですか」


帰る間際まで彼女はそう言いながら、ジト目で俺のことを睨みつけてきている。


「じゃあな、家が近くても気をつけて帰れよ」


俺がそういうとようやく諦めたのか、渋々と言った様子で自転車を押して帰っていった。


「お前だよ」

俺がそう小さな声で呟くと彼女は何か言ったかと振り返り、それに俺は何もないと返し自転車に乗り込み帰路についた。

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うみのお話 きつねとねこ @yamato223k

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