DIS:Legacy - ボーナス・テキスト

東京家兵

DIS:プレリュード

 綺麗だ。あまりにも美しい。


 帝都の夜景を学院の図書棟から見渡すたび、ボクはいつもそう思う。

もう日が沈んでから随分経って時間は遅く、この棟に残っている学生もボクだけだ。

「これが」

ボクはひとりごちる。

「文明の光」

 眠りを忘れてしまったかのようにきらきらと輝く帝都の景色。

その前では、ボクの呟きも、ボクの存在も、あまりに矮小で、あまりに意味のないもののように思える。

でも、この煌びやかな場所にボクがやってきたのは、ボクが望んでのことではなかった。


 本来、竜族は誰からの束縛をも受けない、自由な空の支配者のはずだったという。

今も帝国に屈服するまいと足掻いている竜族も、まだまだ沢山いるとかいないとかと聞く。

そうすると、帝国にわざわざ自分から頭を垂れ、その子女を帝都に送り込んだボクの家の者たちというのは、竜族の中でもよほど気骨のない連中なんだろう。

あるいは、その気骨のなさこそがわがナスン氏族を表しているのかもしれないけれど。


 法律書をひょいと持ち上げて、帰りの支度をする。竜族にとっては軽いものだ。

ニンゲンにとってはとても重いらしい。

こんなしけた紙束から滲み出す「法理IVS」が、今ではこの大陸全てを、 陸も、海も、空も、まさしく総てを覆っている。

もう一度、外を眺める。やはり綺麗だ。

いつか、帝国の……ニンゲンの法理と同じように、この光も世界中全てを照らすようになるのだろうか。


************


 学院は帝都の中心、アスキーの丘の上にあり、またボクの家、―まあ、下宿先と言った方が本当はいいんだけれど―も、そこからそう遠くない場所にある。

いわゆる元老院議員の邸宅というやつで、端的に言えば一等地の豪邸だ。

家の前にボクが降り立つと、窓から漏れる光が見えた。

……まだメウィアは起きてるのか。

議員邸宅を警備する衛兵に軽く会釈して門を潜り抜けると、予想通り声がした。

ボクは何もいわず窓の方を見る。

「おかえり、ちょっと来てよ」

帰ってきたばかりだっていうのに!翼を畳んで、ボクへとへとなんだけど、とおどけてみせる。

「ええ、いいじゃん、ちょっとだけだよ」

「冗談だよ、今行く」


 メウィアは帝国富裕層の娘らしくわがままで、おてんばで、そして才智に富んだ子だ。

ボクらは『帝国の伝統に基づいて』ほとんど同じ待遇で暮らしている。

同じ食卓で肩を並べ、同じ先生の元で修辞学を学んだ。

多少ボクの方が歳上で、竜族と魔族とで種族の差はある。

が、ボクと彼女の間でそれらが何か特別な意味を持つことはなかった。

きっと彼女ももうすぐ、ボクと同じように帝都の学院に通い始めるのだろう。

つまるところ、ボクらは人質と受け入れ先の娘という関係である以上に、友人同士なのだ。


************


 「ねえオトナス」

メウィアが指をそわそわさせながら言う。

「明日、昼すぎから凱旋通りで軍団が出征式典やるんだって」

軍団が出征式典?出征だって?

帝国はもうボクらが知る『世界』のほとんどを支配しているじゃないか。

一体、これ以上何処へいく必要があるっていうんだ。

「それで、東方にいくんだって」

「東方!それって、この前閣下が言ってた、命令無視した軍団が攻めたところじゃないか」

「うん、そうなんだけど」

メウィアは目をぱちくりさせて言う。

「皇帝陛下とニンゲンの議員が認めちゃったんだって、おとーさん言ってた」

つまり、地方駐屯軍の権限逸脱行為を追認したってことか。そんなの、まずいんじゃないか。

という言葉が出かけたけども、彼女のウズウズした表情を見るにどうもメウィアの話の趣旨はそこにはなさそうだ。

「見に行こうよ、最近いつも図書館に籠ってばかりじゃん」

「それはそうだけど」

「おにーさんも軍隊に勤めてるんだったよね」

「関係あるのかな、ニオシア駐屯の支援軍だし。なんかあったら連絡来るとは思うけど」

「でもオトナス、軍団の出征なんて見たことないでしょ」

確かにその通りだ。

「メウィアだって見たことないだろ」

「うん、だから」

「わかったよ、一緒に行く」

「リナも連れてくけどいいよね」

リナという名を聴いて、少し嫌な顔をしてしまった。嗅ぎつけたメウィアが聞いてくる。

「やっぱり嫌?」

「いや、別にいいけど」


 メウィアは賢い子だけども、優しすぎるところがあった。

彼女は幼い頃に召使いとして当てがわれた『リナ』という名のポテトン人奴隷にどうもやたらと入れ込んでいて、事あるごとにそいつを連れ回そうとするのだ。

ポテトン人というのは、形こそ帝国の人間と似ているけども、その中身はといえば粗野で無知で似ても似つかないような野蛮人だ。

北方のど田舎に出向けば掃いて捨てるほどいる。はっきり言って、ニンゲンモドキだ。

メウィアのような良家の子女がポテトン人を連れ回すというのは、貴人が豚に乗って練り歩くようなもので、正直恥ずかしいからやめてほしかった。

「あんな汚いやつを連れて行くの」

「汚くないよ、石鹸で洗ってあげてるし」

「そんなのお金の無駄だ」

「いいんだよ、友達だから」

「あんな奴隷が?」

「そ、私の友達。オトナスだってそうだよ」

正直、これは少し不愉快だった。

「オトナスは知らないかもだけど、リナっていい子なんだよ」

違う。卑屈なだけだ。

「まえも私のために、お花の冠作ってくれたの」

「キミが主人だからさ。そんなの奴隷根性の発露にすぎない」

メウィアは少し呆れた素振りを見せる。

「傲慢ちきなんだから」

彼女は、ボクがリナのことをいくらこき下ろしても本気で怒りはしない。

実のところ、これはもう何回も繰り返してきたやり取りなのだった。


************


 次の日、朝起きて支度をする。

起き抜けだと法学書はすこし重くも感じる。

中庭を通って出て行こう。すると、メウィアも部屋の中からのそのそと出てきた。

「メウィア」

彼女はまだ寝ぼけ眼だ。

「昼になったらエンタブレの通りで落ち合おう」

返事もよく聞かないで、ボクは図書塔へ向かう。といっても今日は先生の講義があるわけではない。

ただ単に、メウィアが連れてくるであろうあの奴隷少女と一緒に行動する時間を短くしたかった。


 外は明るく気持ちのいい日差しに照らされていた。

出征式典とやらもさぞ盛り上がるだろう。

そんな青い空の下、翼を広げて空へと上がり、ふわふわと帝都の街並みを眺める。

ボクはこの時間が、こうして空から文明の姿を目の当たりにし、視界いっぱいに収めることが本当に好きだった。

そのころのボクにとって、空から眺める帝都は世界の縮図のようなものに思えたし、また世界の全てが帝都のようであるべきだ、とも思っていた。


************


 図書塔で借りた法学書を読んでいて、ふと気にかかるフレーズを見つけた。

「正当なる戦争は他方が犯した悪事への応酬でなければならない」

アウグスティナというカナエル教系法学者の言葉だ。

戦争とは支配権IMPERIVMの究極的発動である。

戦争には人命や富の大きな喪失が常に伴う。

そのような弊害を抑止するため、支配権の発動つまり戦争は、正当な事由が存する場合においてのみ許容されるべきである、とされる。

正当な事由とは一体何か。

アウグスティナは相手方の悪事、いわば帰責性なくしては戦争は応酬としての性質を失い、正当なものと認められず許されないのだ、と説く。


 混乱期におけるものを除けば、帝国の戦争はほぼ全て「何某かの権利侵害を受けた」、であるとか、「卑劣な先制攻撃を受けた」、といった大義名分設定のもとで行われてきた。

その繰り返しこそがまさに帝国を膨張させ形作るプロセスだった。


 アウグスティナ説は、ともするとそのような大義名分設定につき、慣習法解釈として理論づけて基準化した規範といってよいかもしれない。

むかし、カナエル教に被れた皇帝が即位した時があった。

アウグスティナ説が取り入れられ、ついに帝国は戦争をやめることになり、際限なく膨れ上がっていく帝国の軍事費にも歯止めがかけられるのではないか、と噂されることも、そのころはあったのだという。

しかし現実には、少なくとも今でさえ、帝国軍はこの世界のどこかで「敵」と戦っている。戦い続けている。


 現実の統治において、皇帝はしばしば生きた法そのものとして振る舞う。

文字通り、彼の意思とそれに基づく判断こそが法となり、秩序を形作る。

建前上皇帝は「アルティピアの元老院と市民」《S.P.Q.R》の第一人者であるから、市民の意思の究極的発現としての法は皇帝ひとりの意思によって実現される、というのが理屈だ。

しかし一方で法源が慣習に求められようと成文に求められようと、むしろ法によって皇帝が拘束されるのだ、とする法学説もある。


 では後者の説をとれば、戦争の際はアウグスティナ規範が示す要件を満たすように皇帝が振る舞うことになるのだろうか。

そうではない。かかる立場にあっても、アウグスティナ説は実際には大して戦争抑止の意味を持たないのではないかとボクは思う。


 結局のところ、どのように考えたとしてもその「正当性」を認定する裁量権は皇帝に帰属するのだ。

「法理」とは、イデアの次元に存在する正義の光を、この世へ実際的に射し込ませる窓なのだと学者たちはいう。

そうだとして帝国の秩序、「帝国の平和」《PAX IMPERIA》の形成、運営、執行の全ては、究極的には皇帝の意思によってなされるものだ。

スコラやアカデメイアから出てこない学者たち、ましてそこらの民草なんかの意思が直接反映されることはない。

畢竟、指導者は哲人でなくてはならない。

「法」たる皇帝がろくでなしや不具、放蕩者であれば、法理の窓は閉じてしまう。

そうなれば正義の光はもはやこの世を照らさず、後にはただ、闇が落ちるばかり……


 「しかし」ボクは凱旋通りの方を眺める。

ここからでも目に見えるくらいの人だかりができ始めてきたところだった。

アウグスティナの説を、今度は口に出して読んでみる。

「正当なる戦争は、他方が犯した悪事への応酬でなければならない」

口に出して読み上げてみれば、先人の平和への希求が形成したこの規範には、どこか虚しい響きが伴うのだった。

 空はまだ明るいけれど、太陽の位置を見てみれば、もうお昼は近い。

そろそろボクも約束した場所に向かった方かもしれないな、と思った。


************


 エンタブレの通りに降り立つと、まあ言うまでもなく人でごった返していた。

帝都の一等地、ある種のお祭り間近ともなれば、面持ちは皆いつもより明るい。

戦争が始まるとはいえ、戦地になるのはどうせ「世界」の外だ。

帝都で暮らす多くのヒトの心配事というのは、大抵が明日の食事、商売の儲け、あるいは配偶者との関係のことであって、どこか遠くで行われる戦争なんてのはどうでもいいことだ。

何かの催しがある、というだけでヒトの流れができて、物売りなんかはそれで商売繁盛するのだから、むしろめでたいことのような感じさえある。


 帝国の景気はよくないと皆口にする。いつも口にしている。

ボクの知ったことではないけども、かなり昔からそうらしい。

光輪帝の治世に世界が寒くなってしまったから、農園なんかから取れる作物が減ったのが引き金になったのだとという。


 それよりも昔、世界はもっと明るく、暖かく、とにかくよい時代だったらしい。

今は冷たく暗いだけだという。帝国にもはや未来はないと嘆いているような者もいる。

帝国の衰退は神罰だと街路でわめきちらす者もいる。

ボク自身は、たぶん帝国は何百年経っても残っているんじゃないかと思うけれど、その考えが正しいかはわからない。

永く生きてきたエルダー・ドラゴンたちなんかは、神妙な顔つきで偉そうにギャオギャオとよく説教して、諸々の事柄を語る。

けども、連中だってただ永く生きているというだけで、何もわかってはいない。

先のことなど誰にも分かりはしない。


 ともかく、ボクはその旧く善く明るかった時代とやらを知らない。

今日の空だって明るいじゃないか。

晴れた冬のお昼、竜族には少し寒いけれど気持ちの良い時間だ。

もうすぐメウィアが来るだろう。

翼を広げていれば彼女はすぐにボクを見つけられるはずだ。

必要以上に人目を集めてしまうかもしれないが、目立つのは竜族の特権だ。


 そうしていると予想通りメウィアが来る。意外なことに奴隷がいない。

「ごめん、待った?」

「別に、今きたとこだよ」

「じゃ、行こっか。リナに席取らせてあるから」

「賢いな」

「今更?」

奴隷は使いようだ。


************


 道に沿って、帯のような人だかりができている。

路地に並ぶ建物の窓やバルコニーからも見物客が頭を出している。

ニンゲン、魔族、エルフ、獣人、ゴブリン、オーク、それにほんの少しだけれど同族の姿も目に入った。

ありとあらゆる種族の市民や、あるいは市民に連れられた奴隷が見物にきている。

普段はコロッセウムで葡萄酒を提供して回る売り子も、この日は凱旋通りまで出張だ。

「リナ、葡萄酒欲しくない?」

奴隷は首を横に振る。

こういう時くらい主人の顔を立ててやればよいのに。

「いらないの?一緒に飲もうと思ったのに。オトナスは?」

「ボクはいいかな、この後また図書塔に戻るつもりだし」

「じゃあ私の分だけ買うね」

そうこうしていると進軍の太鼓の音が響き、勇ましい歌が聴こえてくる。

ニンゲンの戦歌だ。


「軍団のアクィラは 総ての上を往きて見下ろす

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

熱砂のエムブエから 西海のエクスピアまで

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


 サンダルの足音を立てながら、軍団兵が並んでやってくる。

ぞろぞろと列をなし歌いながら行進する兵士たちは、どうも皆がニンゲンのようだ。

軍団兵たちは金属製の面頬をつけていて、一瞥しても顔から個々人の人となりを汲み取ることはできない。

その面頬というのがよく作られていて、細密に刻み込まれた意匠はおそらく皇帝の顔を模しているように思われた。

「彫像が行進してるみたいだ」

「凄いね!」

メウィアと頷き合う。

行進は続く。戦歌が聴こえる。


「おお アルティピアは 全ての上を越えて広く

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

ニンゲンの力たるは 父なる戦神への責務なり

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


 古くはニンゲンの共和政時代において、軍役をこなすことは市民の責務であったという。

いわく「吾ラ定命ナレド支配ハ永遠ナリ」。

そして、その「支配」とは、「ニンゲンの帝国」《IMPERIVM HVMANVM》なのだ。

「かっこいい」

メウィアが興奮した様子を見せている一方で、あの奴隷は口をぽかんと開け、物も言わずに行進を見つめている。

特段恐れたような素振りこそないけども、がっしりとした軍団兵たちの体躯と彼女の小さな身体とは対照的で、心なしか縮こまっているようにも感じる。

ボクは少し、彼女を哀れに思った。

行進は続く。

うす紫のきらめきを滲ませた魔法金属の鎧はガチャガチャと音を立て、真っ赤な空に閃く雷光の描かれた大楯が並び、聴くもの見るものに神々の怒りを思わせる。

戦歌が聴こえる。


「軍団のアクィラは 総ての上を往きて見下ろす

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

熱砂のエムブエから 西海のエクスピアまで

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


 確かにすごい。気圧されるような気持ちが、ボクにも湧いてくる。

世に言われる通り、帝国軍団はきっと本当に「無敵の軍隊」なのだろう。

いつか兄さんも、戦場で支援軍として彼らと共に戦うのだろうか?

それでも、どうしてかむしろ背筋が寒くなるような感触が拭えない。

どうしてだろう。どうしてだろうか?

行進は続く。

「世界」の外へ、地平の向こうへ、遠くの敵と戦をするために。

戦歌が聴こえる。


「おお アルティピアは 全ての上を越えて広く

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

ニンゲンの力たるは 父なる戦神への責務なり

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


「正当なる戦争は」

ボクは小声で呟く。

「他方が犯した悪事への応酬でなければならない」

東の果て、ステップを超えた先にあるという場所への侵略を期した地方軍団の独断専行に、目先の権益のためそれを追認する中央帝権。

「東の果ての人々」が一体帝国とその市民に対して何の悪事をしたというのだろうか?

ここに悪事への応酬を認めることができるのか。

答えは否で、とすれば彼らが向かうこの戦争はおよそ正当なものではなく、討ち滅ぼすべき敵などきっといない。

行進は続く。

世界の果てで、死ぬためだけに。

戦歌が聴こえる。


「軍団のアクィラは 総ての上を往きて見下ろす

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

熱砂のエムブエから 西海のエクスピアまで

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


 そのうちにボクは、自分の持っている違和感の正体に気づいた。

彼らからは、およそニンゲン個々人から感じられうる感情が読み取れないのだ。

ニンゲンというのは、数十年やそこらですぐにくたばってしまう儚い生き物だ。

繊細で脆いからか、喜劇にしろ悲劇にしろ秀でた詩歌を書き、美味しい葡萄酒を作り、街を淡い光で照らす。


 そのくせ、こうして鎧兜を着込んで、剣を腰からぶら下げれば、たちまちに権力の発動装置へと成り果てる。

ただ、征服し、支配し、所有するためだけの手段に成り下がる。

もう誰にも彼らの腹の底を知ることはできなくなる。

喜劇にうたわれるような喜びも、悲劇で吟じられるような悲しみも。

あるいは、死にゆくものたちの苦悶でさえ。


「おお アルティピアは 全ての上を越えて広く

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ

ニンゲンの力たるは 父なる戦神への責務なり

軍団よ 永遠なる軍団よ 永遠なる勝利あれ」


 ボクは目の前を往くニンゲンたちのことを、心底おぞましいと思った。


************


 軍団の出征式典が終わる頃には、空も昏く、人出はまばらになってきていた。

最初はひとっ飛びして図書棟へ戻る予定だったけども、どうしてかそんな気持ちにはなれなかった。

図書塔へ戻ったところで、あのフレーズを読み返して居た堪れない気持ちになるだけだからかもしれない。

ボクはメウィアたちと一緒に、歩いて家へ帰ろうと思った。


 帰路、メウィアとおしゃべりしながら歩いていて、ふとボクは立ち止まり、来た道を振り返る。

仰ぎ見れば、古ぼけたところも目につく帝都の町並みと、そしてそれを淡く照らす町灯りとが、薄闇の中できらめいている。

やはり偉大で、やはり明るくて、やはりあまりに美しい。

これこそが文明の光であり、これこそが、アルティピア帝国なのだ。


「オトナス、どうしたの?」

  

 けれどもボクにはどうしてか、今では少しだけ、それが恐ろしいもののようにも思えて……


「ううん、何でもない」


それきり、光の方へ手を伸ばしてみようとはしなかった。


21.12.24 初稿

21.12.30 初版公開

22.4.10 カクヨム公開

24.2.24 カクヨム記法に(一部)対応

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