この世界から消えて……
忘れた言葉を見つけた。
そう言うとあなたは笑った。嬉しそうによかったねって、親友のあなただけは私を見止めてくれる。それが嬉しくて、だから私はその言葉を彼女に贈った。ただ純粋な愛おしさだけを持たせて。
次の日、彼女はこの世界から消えた。
忘れていた言葉は何だったのかな。今ではまったく思い出せない。
私の唯一の親友だった彼女に告げた、恐らく愛に等しい想いの言葉。その愛は決してラブ的な意味合いではない。それは彼女もわかっていたはず。
だけど、次の日から彼女は姿を消した。
誰かの話しによるとこの世界からいなくなったらしい。
その時の私には理解不能の言語の嵐で、意味なんて一つも呑み込めなかった。拒絶と抵抗の果てに吐しゃ物を吐くようにひっそりと誰もいない所で声にならない慟哭と狂声を上げる。
それを見ていたもうひとりの友達は醜いと私を笑った。
だから、私も笑うのだ。
彼女がこの世界からいなくなっても私は孤独ではなかった。私と笑ってくれるもう一人の親友がいた。君は吐き捨てる。
「あいつはさ、きっと嫌になったんだよ。この閉じ込められ苛まれる世界に厭きたんだ」
そんなことない……なんて一ミリも思わなかった。彼女はこの世界を憎んでいた。閉鎖的で理不尽と不可逆に呑まれた醜い世界を嫌っていた。彼女はよく言っていた。
「アタシは世界を作りたいんだ。だから、こんな命も要らないの」
恐らくその言葉が全ての答えだったと思う。きっと私が忘れてしまった彼女の言葉だ。
友は頭の後ろで腕を組みながら蒼穹で揺蕩う雲を見上げる。
「わたしたちも行かない?」
「どこに?」
決まっていた。
「あいつの生きたかった世界にさぁ」
単純明快。私と友は一緒に彼女の旅立った世界に行くことにした。
行き方なんて知らない。どこの世界にいるのかも知らない。そもそも本当にどこかの世界にいったのかもわからない。
それでも、私たちは歩み出す脚を止めない。そのために、私は彼女に言った最後の言葉を思い出さないといけなかった。
たった一言だったような、長い長いメッセージだったような。
曖昧な記憶。忘れてしまった言葉を私は手探りで見つけ出す。
どこにしまった?どこに置いてきた?どこで見つけた?
深い深い海を潜って灰色の虚飾を浴びて、燃える闇と天明を待つ白さに明滅して、息がわからなくなった心地よさと残酷の朝日に眼を細め、そうやって幾度の春と何度の夏と変わらない秋と漂白の冬を瞬いて、そうしてやっと私は見つけた。
忘れたそのたった一言を。違う、ただの愛言葉を。
私と友は手を握らない。隣に並んでこの世界を見上げ、見定め、見終える。
「さあ、行こうか。あいつの生きる世界に」
そうして、私と友はこの世界から消えた。
どこか遠く、それとも近く、または別のどこかに。
残した言葉はいつか風に吹かれて、桜に混じり熱傷に晒され彩に握られ雪に包まれる。そうしていつか誰かへと届くのだろう。
この世界から消えた彼女の下へと。
……
――そこにいて
忘れていた言葉はわたしの涙を笑わせた。
「待ってるわ」
わたしはわたしの生きる世界であなたたちを待ち望む。
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