こんな世界、僕が壊してやる

「ご、めんね」

 散り逝く花を誰が綺麗と言ったのだろう。生命の息だえをどうして美しと表現したのだろう。ああ、その光景はきっと幻想的で儚く夢想的だ。だけどどうして、散り逝く姿を美しいと、人は言うのだろう。

 彼女は散って逝く。この世界からあるべき姿から花びらの雪のように消えて逝く。

 その瞬間、僕が思い描くのはただただに嫌だという感情。逝かないでくれ。一人にしないでくれ。死ななでくれ。どれだけ願った所で無意味と知りながらも、それでも星が生まれる瞬間を見るよりもおおよそ稀代な可能性に、奇跡という夢に縋り続ける。

 だけど現実に奇跡は起きない。神は人の手を振りほどき脚を動かさない。

「ばいばい……」

 最後の言葉は呆気なく、笑顔の彼女はそのまま命を散らした。

 僕は認めなくなかった。ただ最愛の君の無くしてしまう現実を受け入れられなかった。だから願ってしまう。馬鹿げた妄想と異常な妄執で。叶うことはないと知りながらも、その奇跡の果てに望む確かな形に。

「——こんな世界、僕が壊してやる」

 僕は世界に仇名すのだ。彼女がいる世界を取り戻すために。


 理論や理屈はこまごまとしていて馬鹿な僕には何もわからない。わかるのは並行世界と言われる可能性の分岐世界があるということ。その世界にはとある行動をとらなかった違う僕がいて、そしてその世界で生きる彼女もまたいるという事実。

 だからもしもその彼女が生きている世界に行けたのなら、次こそは僕が彼女を守ることができる。そして二人でこれからも生きていける可能性がある。

 だけど、思い当たったのがそこにいる僕はどうなるのかという疑問。

 この世界で生きる僕と入れ替わるのか、それとも一人の僕として融合するのか、あるいわその世界で僕は二人になるのか。

 入れ替わったとして、この世界で既に彼女が死んでいると知った僕ならばもう一度並行世界へと渡るに違いない。そんな無意味な繰り返しがきっと永遠に続く。

 融合がベストだと思うけど、果たしてそれは本当の僕なのだろうか。彼女を好きになって彼女を幸せにしたいと願って彼女と永遠に生きたいとキスをする、今の僕であるのだろうか。きっと僕であって『僕』じゃない。その事実をきっとどの世界の僕も認めないだろう。確証はない。だけど、どんな並行世界だとしても僕は君に恋をする。

 そして最悪なのが僕というイレギュラーな異分子が増えること。それはまず僕自身が耐えられない。彼女を好きであるのは僕一人でないと嫉妬で狂いそうだ。

「だったら、並行世界すべてを破壊すればいい」

 その結論に至るのは明白だった。

 すべての世界の僕は僕であり、だけど妥協できないのだからすべてを一つに再生すればいいのだ。

 僕が生きて彼女と出会い、彼女に恋をして彼女に好きと伝え唇を交えるそんな幸せな世界に。

 この理不尽な世界はもういらない。彼女を殺す世界なんて必要ない。神であっても僕を止められない。

「こんな世界、僕が壊してやる」

 僕はすべての世界を破壊した。


 虚無的な感情をいつからか持ち合わせていた。偽る自分は酔えないのだと理解したのは早かった。笑う僕も怒る僕も楽しむ僕も悲しむ僕も、その全部。僕の心の中は虚無だった。

 人が求める仕草はわかった。どう演じる僕が正しいのか理解した。円滑に進む術を知っていた。だけど、何も感じず何も思わず何にも許さず諦めず、そのすべてを見放した。

 僕は生まれた時から虚無に苛まれていた。

 だから——彼女と出会ったその瞬間、僕は初めて鼓動した。

「初めまして、私と同じ一年生君」

 奇妙な呼ばれ方に嫌だとは思わなく、微笑んだ君は桜色に染めるのだ。

 桜並木の通学路。同じ制服の新入生。たまたま出会った僕と君。

 君は僕に笑いかける。

「これからよろしくね!」

 なんて些細な事。だけど、僕は彼女に恋をした。

 だから、誓うのだ。

 彼女を守り続けると。僕は彼女に恋をした。

「……」

「あれ?どうしたの?おーい」

「あ、いや……桜」

「うん?うん!綺麗だね!」

「…………好きなんだ」

「私も好きだよ桜!ほら、行こ!桜好きな同級生君!」


 それが、新しい世界の始まりだった。

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