第7話 第二章 潜入③
食事もそこそこに、街へ再び繰り出すと、境はフヨウを伴って裏路地へと足を踏み入れる。騒がしい大通りとは対照的に、道が狭く日当たりもあまり良くない通りは、人通りが少なかった。
「さて、コソコソ潜んでいるあいつらは、だいたいこんな場所にいるものだけど、どうかしらね」
「……フヨウ、静かに」
境の手が、フヨウの口を塞ぐ。
燃え上がるように頬を染め上げるフヨウは、境が前方を見ていることに気付く。釣られて前を見ると、女が三人、男が一人、楽しげに会話している姿が目に映った。
裏路地の静謐な雰囲気に反発するような随分と派手な格好の連中である。特にそれ以外は、目を引くものはないが、どうも男が女たちをナンパしているように見える。
こんな場所で? と訝しんだ境は、フヨウを抱えるように物陰へ隠れた。
「さっそく怪しげな連中発見、と。なあ、距離が遠い。盗聴を頼む」
「むむー、ちょっといつまでくっついてんの。……殴るのは後にしてあげる。ほら、イヤホン」
フヨウは、ペン型の指向性マイクを取り出し、対象へ向ける。
距離は遠いが、盗聴に問題はないようだ。音声の悪さが、次第にクリアになっていく。
「ま……だよ。君たちみたいな美人なら大歓迎。ほら、行こうよ」
フヨウの顔が不快気に歪む。ああ、あんなタイプの男嫌いだもんな、と境は納得したように頷く。
「おい、フヨウ」
境の目が鋭く変化する。
男が手をかざした先の空間が歪み、人が潜れる程度の大きさの穴が出現した。
びっくりした様子の女性たちを、男は強引にその穴へ放り込む。音はなく、けれども変化は鮮烈に。穴は急激に小さくなっていき、消失してしまう。
「……空間転移、間違いない超越種だ。人間を攫うってことは、あの超越種は汚染兵の材料を確保する役割があるのかもな」
「どうしようか?」
「しばらく尾行したいが、あいつの能力が自分自身も対象にできるなら途中で見失うかもしれない」
「……なら、私が声をかけてみるわ。女好きそうだし、油断してくれるでしょ。あなたは、目視と発信機を頼りに私についてきて」
「おい、危険だ。どこに送られるかわかったもんじゃないぞ。それにお前は顔が割れているかもしれない」
「大丈夫、うまいこと誤魔化すから。多少危険を冒しても、敵の本拠地は突き止めないといけない。人間を兵士にするなんて横暴を許していたら、敵が増えて私たちが不利になっていく一方だわ。……私、嫌よ。あなたが死ぬなんてこと」
「へ、ダラダラしている僕が死ぬわけないだろ。戦いは真面目にやった奴が死ぬんだよ」
「……だからこそ、心配なんでしょ。ほら、気を引き締めて」
境の返事を聞かず、フヨウは飛び出す。
男は、電話をしており、まださっきの場所から動いていなかった。
胸元が開いたブランド物の赤いスーツと黄色いサングラス。見るからに女慣れしていそうな男の様子に、フヨウは声をかけるのを一瞬だけ躊躇してしまった。
「あー、……もう。ねえあなた、超越種でしょ」
「んー? うっわ! 君、すっごい美人じゃん」
男は、見た目を裏切らない軽薄な態度と声で彼女を出迎えた。
「超越種を知っているってことは、もしかしてお仲間?」
「そうなの。最近、嫌になっちゃうわ。ほら、ここって調律者とそのお仲間がいるエリアじゃない。でね、昨日そいつらと戦って何とか勝ったんだけど、おかげで疲労によるアビリティ・ロスト状態になっちゃって、能力が使えないの。保護してもらえるかしら」
男は、興奮したように鼻を膨らませ、フヨウの肩に触れた。
(コイツ、気安く触らないでよ)
フヨウは、ギリギリと拳を握り締め、表情を僅かに歪めた。だが、男に気にした様子はない。あくまで軽薄で、よく回る舌で言葉を吐きだしていく。
「良いよ、良いに決まってる。見ない顔だけど、この街には来たばっか? だったら、俺らのグループに入りなよ。ゼウ・リベって知ってるでしょ。日本じゃ結構名が知れたグループだからさ」
フヨウは、内心ほくそ笑む。どうやらこの男は、フヨウの顔を知らないらしい。
「あ、ああ。ゼウ・リベね、知ってるわ。そんなに強いグループの一員に入れてもらえるなんて光栄だわ」
「決まりだね。早速、隠れ家に行きたい所だけど、せっかくの出会いなんだ。ちょっと遊びに行く?」
男はフヨウの細い腰に手を回し、もう一方の手で顎をクイッと上に持ち上げた。
好色な男の瞳と、憎悪を底に沈めた冷ややかなフヨウの瞳が見つめ合う。
(あああああああああああ、あいつううううううううう)
境は、激しく息を吐きながら、殺意を漲らせた瞳でその行く末を見届ける。
フヨウは、スルリと男の拘束から逃れ、心底疲れ切った声で言った。
「あいにく疲れているの。女遊びは他でしてちょうだい」
「ちえー。まあ、これから仲間になるわけだし、機会はいくらでもあるからいっか。じゃ、俺らの愛の巣へ旅立とうか」
男は肩をすくめ、例の穴を空間に作り出し、フヨウと共に入っていった。
境はスマホを取り出し、フヨウの位置を確認する。画面には、街の地図が表示され、赤のマーカーが点滅していた。
「良かった、発信機は機能している。……ここは、ビジネス街だな。なんでそんな所に? まあいい」
境はスマホの表示を切り替え、ゴーンの番号にかける。
「……僕だ」
「坊ちゃん、そっちはどうですか? 俺のところはてんで駄目で。おまけに、同行を頼んだ弟はどっかに行っちまっていねえんでさ。まったく困ったヤツだ」
「そうか。まあ、ガラルドについては後で話そう。それより、ゴーンこっちへ来てくれ。敵を発見した。現在フヨウが潜入している」
「おお、そうですか。で、合流した後の対応は?」
境は、ニヤリと笑う。
「まずはフヨウが敵から情報を引き出す。どう動くかはそのあと決めよう。戦闘が発生することが予想される。ゴーン、装備は十全に備えてくれ」
「おや、いつもよりもやる気に満ちてますな。へへ、フヨウが心配なんですね。分かります分かります。じゃあ、すぐに合流といきましょうや」
「ああ、後で会おう」
通話が切れ、スマホをポケットにしまう。
――ああ、面倒だ。いつもなら心に呪文のように浮かぶその言葉が、忘れてしまったかのように微塵も現れない。
「待ってろよ、フヨウ。仕事が終わったら、ゴーンも一緒に「背油道」で、背油マシマシマシ、野菜もりもり、チャーシュー八枚乗せ、メンマ山盛りギカント、卵限界突破乗せを食べよう」
拳を握り、少年は駆けだした。
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