第7話 文の兄

「俺には兄貴がいたんだ」


 ポツポツと文は話を始めた。


「名前は数。兄貴が数で、俺が文……笑えるだろ?」


「……」と朋は無言で頷く。


「兄貴は3つ歳上で、ここの学校に入学したんだ。それで行方不明になった」


「行方不明? それで……この学校を調べているのね」


「あぁ、たぶん兄貴は人を殺している。それで、最後は返り討ちにあって、この校舎のどこかで朽ち捨てられている」


 朽ち捨てられている。 


 遺体を隠されているでも、遺体を埋められているでもない。


 なんせ、兄貴も殺人鬼。人間じゃなく人を殺す鬼になってしまったのだろう。 


「だから、きっと人間らしさを剥奪されて、朽ち果てている。そうじゃないと兄貴の犠牲者に面目ないだろ?」


しかし、朋は「う~ん、そうかな?」と首を傾げた。


「……なに?」


「だって、文くんの話って憶測でしょ? たぶん、人を殺している? 返り討ちにあってる? 違ったらどうするの? 案外、普通に失踪したのかもしれないよ」


「まぁ、失踪が普通とは言わないけど」と朋は付け加えたが、

 文は「……」と口をパクパクさせた。


「え? 文くん、どうしてそんなに驚いているの?」


「いや、俺たち家族は殺人鬼――――」


「でも、文くんはまだなんでしょ?」


「――――っ!?」と文は天を仰いだ。


「兄貴は人を殺してない。それで失踪した? そういう可能性があるって言うのか?」


「うん、その方が……なんて言えば良いかな? 普通じゃない?」


「普通? ……そっか、普通か。普通でもいいんだよな」


 文は、まるで憑き物が落ちたように体から力が抜けていくのを感じた。


・・・


・・・・・・


・・・・・・・・・


「それで、3年前の事件って?」  


「むしろ知らないのか? 3年前に、この学校で死体が見つかったって話。入学する前に調べてないのか?」


「テヘペロ」


「可愛くねぇよ。自分が通う学校の話は……いや、止めておこう」


 文は『普通は~』と言いかけて止めた。 


「明日、当時の新聞を持ってくるよ。コピーだけどな」


「え~ 気になるから今日じゃダメ?」


「今日って?」


「帰りに文くんの家に寄って……」


「いや、待たせているんだろ? 礼を」


「あっ……忘れてた」


「怒ってるぞ」


「怒ってるよね……」


「じゃ、明日」


「うん、明日」


 そう言って文は教室から出ていく朋を見送った。


 それから――――


「はぁ、まったく。こっちは殺人鬼だぞ。家に来ようとするなよ」


 そう呟きながらも、不思議と顔は笑っている事に気づく。


「ふん、学校で笑える日が来るなんてな」

  

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