冷蔵庫のプリンの持ち主とその行方
秋月 八雲
第1話
「お、冷蔵庫にプリンがある」
「ちょっと、勝手に上がり込んだ上に、家主の葉子に無断で冷蔵庫漁るなんてどんな神経してるの」
明日香は今正にプリンに手を付けようとしている洋一に対して窘めた。
「少しくらいいいだろ。一人暮らしの大学生にもなってプリン一つで大ゲンカする奴もいないだろ」
「そういう問題じゃないでしょう。あんた、昔からそういうところ変わらないよね、幼馴染として恥ずかしいわ」
明日香はそう言いながら自らはハンガーラックを物色していた。
「そういうお前だって服を漁ってるじゃないか」
「これは隠してあるものじゃないんだからいいじゃない。あ、これ昨日葉子が来てたやつだ。どこのブランドか気になってたんだよね。EGOISTかあ、良いなこれ、今度買いに行こう」
「でも、結構いい部屋に住んでるよなあ、こいつ」
洋一は部屋を見回す。
1Kの学生用の部屋だが、広さはそこそこ確保されていた。ベッドや家電製品にも陳腐さは少しも感じられなった。
「そうねえ、駅からも近いし結構家賃するかもね」
「俺の安アパートなんか駅からさらに自転車で二十分もかかるというのに」
「そんな事ここで言っても仕方ないじゃない、葉子の家は結構金持ちみたいよ」
「へえ、うらやましい事」
その言葉を聞いた洋一は改めて棚を確認し始める。
「確かに、色々と良いものが置いてある気がするな」
そう言いながら部屋に置いてあるオブジェを物色するが、結局何に使うのかわからずそのまま元の場所に戻す、ということを二,三度繰り返した。
「葉子の地元って岡山だっけ?」
テレビのダッシュボードの上には写真がいくつか飾ってある。ほとんどの写真は大学に入ってからのものと思われたが、その中の一つは親族と撮ったと思しき写真だった。
「そうね。でも岡山の中でも北の方ですっごい田舎だったみたいよ」
「へえ、津山の方かな?」
「どうだったかな、そこまでは覚えてないけど。
どうしてピンポイントで津山だと思ったの?」
「いや、岡山といえば津山かなと思って。ほら、何か事件あったじゃん」
洋一は頭を掻きむしりながら言う。洋一は思い出せないことがあるとそうすることが昔からの癖だった。
「津山事件の事?三十人くらい殺したっていう」
「そう、それそれ」
「どうして岡山と言って最初に出てくるのが津山事件なの、神経疑うわ。あんた昔からそんな怪しい事件にばかり興味を持ってたよね。殺人事件とか、少年犯罪とか。将来不安だわ」
「五月蠅いな、何に興味持とうが個人の自由だろう」
「まあ、自由といえば自由だけど、人に迷惑はかけないでね」
「俺はこれまで人に迷惑をかけたことなんてないぞ」
洋一は何のためらいもなく言うが明日香は呆れ顔だ。
「ふう、今日はもう一仕事終わったから疲れたわ」
明日香はそう言いながらベッドに転がった。
「ここで寝るなよ、それこそ神経疑うよ」
分かってる、と言いながら明日香は手をひらひらさせて無気力な返事をする。
手持無沙汰になった洋一は再び冷蔵庫の取っ手に手をかける。
「ちょっと」
明日香が鋭い声で刺す。
「もういいだろ、ちょっと糖分補給したいんだよ。本人死んでるんだから問題ないだろう」
「そういう問題じゃないでしょう」明日香が指を指すほうには葉子の遺体が転がっていた。ナイフで肋骨に沿って刺された刺し傷は何の抵抗もなく心臓に達し即その鼓動を停止させたであろうことが伺えた。「自分がやられたら嫌なことは人にはしないって習わなかったの?」
「殺人稼業がそんな事言える立場かよ」
「うるさいわね、あんたも殺すわよ」
明日香はそう言うと洋一にナイフを振り下ろした。
冷蔵庫のプリンの持ち主とその行方 秋月 八雲 @akizuki000
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