第29話 「伝える」と「伝わる」

 意識して相手に送りとどけるメッセージは「伝える」。

 意識して贈りとどけようと思ったわけではないけど、全身からにじみでてくるメッセージは「伝わる」。

「伝える」がうまくいかなくても、「伝わる」ものがある。


 上記は、伊藤亜紗著「きみの体は何者か」という本の引用です。吃音という障害を持つ著者が、吃音のせいで上手に気持ちが伝えられなくても、ボディランゲージなどで、ちゃんと伝わってるメッセージがあるよ、みたいな意味でおっしゃっています。


 この文章が引き金になって、私は、著者の意図とはちょっと違うことを思いました。何かのきっかけで、まったく違う二つの記憶が繋がることってないです? 上記の、「伝える」と「伝わる」についての文章を読んで、ある二つのことを思い出しました。


 まず一つは、私が一時期ハマって聞いていたポッドキャストです。ご自身がゲイで、アンチ差別の活動家でもあるディラン・マロンさんという俳優が、彼をネットでボロクソにバッシングしている人と「人間同士、理解しあうために」会話をするというもの。その名も「僕を嫌いな人との会話」という番組です。


 彼の活動やセクシャリティなどについて、攻撃的でひどいコメントを残している人の中から、彼と会話をしてくれる人を探し出して、番組にゲストとして招待します。


 番組に出ることに同意している方たちだから、というのもあるのでしょうが、どんなに辛辣なコメントをした人でも、実際にマロン氏とおしゃべりをすると、みなさん案外、礼儀正しくていい人なんですよねぇ。


 それはたぶん、マロン氏が相手に最大の敬意を払って、フレンドリーに接するから、というのが大きいと感じます。会話がお互いに譲れない部分に触れそうになると、そこにハマらないように会話を先導するやり方も、うまいなぁって思います。


「相手を論破したい」という気持ちがまるでなくて、「相手がどんな人なのか知りたい」という純粋な好奇心と、相手への信頼が根底にあります。


 マロン氏は「僕はこう思う」とか「あなたは間違ってる」とか、一切言うことなく、相手の家族やバックグラウンド、相手が一番大切だと思っていること、などを聞き出して、共感できる点などを探っていきます。


 不思議なことに、番組の最後のほうで、「私のコメントで傷つけてしまって申し訳ない」とか「あなたの言い分はよくわかった」とか言う人が多いんです。番組では、そこを狙ってるわけではないんですけど。


 マロン氏は「伝える」のではなく「伝わる」表現をしているんだな、とふと思いつきました。意見を主張しなくても、会話の中で、彼の真摯な姿勢や、万人を尊重する人柄、何より、彼も同じ人間なんだ、ってことが相手に伝わるんだと思います。


 ポッドキャストの中で、マロン氏は「人の考えが変わるのには時間がかかる。僕と会話をしたことで、相手の中に小さな種みたいなもの残ったら、それで十分だと思う」とおっしゃっていたのが、とても印象に残りました。


 さて、もう一つ思い出したのは、中村航著「リレキショ」という小説。


 この小説、説明っぽいものがなーんにもないんですよ。物語の筋書きっぽいものもない。あるシーンを切り取って、丁寧に書く(ディテールが本当にすばらしいです)。それを何回か積み重ねる。そうすることで、主人公が置かれている状況や、それぞれの登場人物の魅力や、人物同士の関係性、それまでにあったこと、などが、じわじわ明らかになる。


 点と点を読んでるうちに、だんだん物語の線になる感じですかねぇ(個人の解釈です)。で、最後に「あー」って、ズドーンと伝わるものがあります。


 私は、うまく伝わらない部分をなんとか伝えようとして、安易に描写や説明を増やしてしまうことがあります。でも、そうすると、冗長で野暮ったい、ダサい作品になったりするな〜って、自分の創作について思います。


「伝える」のではなく「伝わる」ように書くというのは、読者を信用する表現でもあるなと思います。


「こういうお話で、こういうことが言いたいんだ」って言葉を重ねて「伝える」のではなく、エピソードや事象を丁寧に書くことで、読者に何かが「伝わる」。そこには、作者と読者の間に、好奇心と信頼関係があるなと思います。


 これ、小説だけじゃなくて、大切な人とのコミュニケーションでも使えるなと思いました。知らないうちに伝わっていること、のほうが、自分が相手に伝えたいこと、よりも、ずっと大事なのかもしれません。


 例えば子どもたちに、できるだけ多くのことを正確に伝えよう、なんてしなくてもいいのかも。彼らは必要なことを汲み取る能力を備えていて、大事なことはちゃんと伝わっている気がします。その「大事なこと」というのが、自分が伝えようとしたこととは、まるで違う、なんてこともあると思います。


「伝える」よりも「伝わる」表現。次作で気をつけたい思いつきでした。


追記:明日は花金です。1000字から参加できますので、今からでも、気楽にサラッと書いてみませんか? レギュレーションなどの詳細はこちらから。

https://kakuyomu.jp/users/mashironatsume/news/16817330649028997707

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