第13話 第二章 過去と今。(5)

第二章 過去と今。


神無月と家が隣と知った日の夜。

「姉さん、今日はやけに遅いですね」

リビングでテレビを見ていた俺に、心配そうにそう言うパジャマ姿の花蓮。

「確かに、ちょっと遅いな」

テレビ画面の左上の時刻表記が二十二時三十分となっている。

番組もゴールデンのものはとっくに終わり、深夜枠に入る前のよくあるニュースなどになっていた。

「もう眠いだろ? 花蓮は寝てていいよ」

「そうですか…いや、でも。ダメダメな姉さんには私から言っておかないと」

そう言って、少し申し訳なさそうにもじもじしている花蓮。

「中学生なんだから、無理しないで。あいつが帰ってきたら俺からびっしりと言っておくからさ。花蓮を心配させなって」

「実の姉さんをあいつ呼びですか……。で、でも……」

口をモゴモゴとさせる花蓮。

そんな花蓮を見て俺は意地悪な笑みを浮かべた。

「あっ、なるほど姉ちゃんに会いたいのか」

花蓮の顔がパッといきなり赤くなった。

「ち、違います! あんな姉さん、これぽっちも会いたいなんて思いません。別に今日は部活の朝練があって、朝早くて顔を見れなかったから見たいとか、そういうことじゃないですからっ‼」

「はいはい」

花蓮の言葉を適当に流すと、さらに顔を赤くして、

「もうっ、私は寝ます! おやすみなさい!」

そう言って、部屋に入り勢いよく扉をしめた。

花蓮がいなくなったのを確認したのち、俺はそっと微笑みながら呟いた。

「なんだかんだ言って、姉ちゃんのこと大好きなんだな」

それからしばらくして、零時を過ぎた頃だった。

ピンポーン。

いきなり家のインターホンが鳴る。

こんな時間に一体、誰だよ…。

急ぎ足で玄関に行き、扉を開けた。

「はい、こんな時間に何の用―って姉ちゃん! それに神無月も‼」

目の前には顔を真っ赤にして、アルコールの匂いを漂わせている我が姉と、そんな姉ちゃんに肩を貸すようにしている神無月が。

「え! ちょっとどういうことだよ」

困惑する俺を置いていくように、姉ちゃんが喋る。

「いへえええ~もう飲めにゃいようぉ~~」

その言葉から分かるように、お酒に飲まれて出来上がっている、見るに堪えない馬鹿な大人がいた。

「いひゃ~ひっかひ、大きくなったにゃ、紫苑~~」

そう言って、神無月の顔にスリスリとほっぺたをくっつける姉。

「ちょ、ちょっとやめてください、美優さん!」

「おいおい、神無月。ひょっとして助けてくれたのか?」

「ええ、まぁ……その、駅前でばったりと会って、あまりにも酷い状態だったから、無視するわけにもいかなくて」

「まじか……本当にすまん。助かった」

そう言いながら、姉ちゃんの手を取ろうとする……のだが。

「痛いっ! 何すんだよ、姉ちゃん!」

その手は姉ちゃんから拒否された。

「わたひは紫苑といっひょにいらいのぉ~。ひさひぶりにあったんだからぁ~~」

「え? 久しぶりってどういうことだよ? 初対面だろ?」

「えへぇ? 何ひってんの~。私もあんたも紫苑―………すぅ……」

肝心な所を最後まで言い終えずに、寝てしまった。

「ちょっと姉ちゃん! おーい、起きて」

何度か呼んだが、返事がなく、スヤスヤと心地良い寝息をたてているだけだった。

「とりあえず助かった、神無月。このお礼は今度何かしらでさせてくれ」

神無月から、姉ちゃんを受け取り、俺は姉ちゃんをお姫様抱っこした。

一応、勘違いしている人がいそうなので言っておくのだが、あとでベッドまで運ぶ時にこの持ち方が楽だから、こうしたわけであって、特に意味はないから。

「いえ、私は別に何もしてないわ」

先ほど、姉ちゃんに絡まれている時とは違って、素っ気ない態度を。

いつも通りの冷たい神無月。

「いやいや、本当に助かったありがとう。あっ、でも、こんな時間に神無月みたいな美人が出歩いてると危ないからな、気をつけろよ」

そんな俺のお説教に彼女は特に気にした様子もなく。

「そう。次からは気をつけるわ」

素っ気ない返事と無表情。

「本当に分かってるのか? いやまぁ、神無月の勝手だから俺がそんな口出しする方がおかしいのか……。とにかく何度も言うけど、今日は助かったよ。ありがとう。んじゃ、おやすみ」

そう言って、玄関の扉を閉めようとした俺に神無月は、

「美優さんのこと、相変わらず好きなのね」

「まあな」

その後、俺は姉ちゃんを部屋のベッドまで連れていき、そのまま寝かせた。

自分の部屋に戻った俺は、思考に耽る。

何で姉ちゃんの名前を知っているんだ?

相変わらず好きなのねって、昔から知っているのか?

他にも、色々と神無月についての疑問があるのだが。

「まぁ、姉ちゃんが起きたら聞いてみるか」

おそらくこれが一番、早い回答だと思った。




翌朝、花蓮と共に朝食を食べていた。

「昨日は結局、零時過ぎに帰ってきてさ、もうアルコール臭くてやばかったんだよ」

「本当に、姉さんはだらしがないといいますか……」

二人して顔を下に向けて、ため息をついた時。

「うっ、あ、頭痛い……」

本人が頭を押さえながら、起きてきた。

「もう姉さんったら、兄さんから話は聞きました。次から、本当に気をつけてくださいね!」

「悪かったって…」

俺の隣に座り、すぐに机に顔を伏せる姉。

「まじで頭痛い…気持ち悪い……」

「おいおい、姉ちゃん大丈夫かよ」

するといつもよりも弱々しい返事が返ってくる。

「一応は……」

本当に大丈夫なんだろうか。

とても大丈夫そうには見えないのだが……。

って、そうだ、姉ちゃんに聞かないといけないことがあったんだ。

「姉ちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど…」

「ん? どした」

うつ伏せたまま、返事が返ってくる。

そんな顔もあげられないほど重傷なのだろうか。

「あのさ、昨日―」

俺がそこまで言いかけた時だった。

「うっ」

姉ちゃんは焦ったように顔を上げ、勢いよく口を手で押さえながら、トイレに駆け込んだ。

そんな姉ちゃんを見て、俺と花蓮は顔を見合わせた。

その直後、トイレから聞こえてくる。

「うおぇえええええええええええええええ」

「「はぁ……」」

俺と花蓮は呆れたように、同じタイミングでため息をついたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る