第8話 第一章 勘違いとぼっち。(7)
第一章 勘違いとぼっち。
「はぁ…」
神無月と別れた後、俺は下駄箱でため息をついていた。
あいつ明らかに、一緒に帰ろうって誘おうとしてたよな……。
先ほど、神無月は口をモゴモゴさせながら、何かを言いたそうにしていた。
いや、言いたそうっていうか「一緒に帰―何でもないわ」と、ほとんど言いかけたのにも関わらず、途中で羞恥心が襲ってきたのか、そのまま言葉を止めてしまった。
別に俺から誘うこともできたのだが、誘わなかった理由は二つある。
一つ。神無月と先ほどいきなり友達になったわけだが、どうにも距離感が掴めない。
何故かは分からないが、神無月の俺に対する距離感は少し近い気がする。
夢風の言葉をあっさりと信じて、俺にあんなことを言ってくるし、案外、神無月は今までの印象に反して、純粋で人を信じやすい、人懐っこい性格なのかもしれない。
いやでもなぁ……今日のはちょっと普段の印象と違いすぎたんだよなぁ……。
まぁ考えても分からないので、これはまた今度、彼女をじっくりと観察してからだな。
そして、もう一つの理由は夢風となるべく一緒にいたくないからだ。
確か、夢風は先ほどこう言っていた。
私と一緒に帰るのを待っている、と。
つまり神無月と帰ると必然的に夢風もついてくるという。
今の俺からすれば、なんともまぁ罰ゲームじみた状況になる。
だから、俺は神無月の誘いを理解しておきながら、自分で誘うようなことはしなかった。
「おっ、待ってたよ、水無月くん」
「え?」
靴に履き替え、校門に出たところで俺は夢風という名の悪魔に待ち構えられていた。
「どうしたの? 顔を引きつらせて」
無意識に顔を引きつらせていた俺を見て、夢風はあざとく微笑む。
「神無月と帰るんじゃないのか? 今もまだ教室にいると思うぞ」
なるべく平常心でいられるように、指で頬をつねり、表情を元に戻す。
「別に。私がなんであの女と帰らなきゃいけないわけ? 勝手に一緒に帰るって言って待ってるだけだよ。本当に気持ち悪いよね」
その言葉で俺は先ほど聞かなかったことを、口にした。
「夢風…神無月のこと本当は嫌ってるのか?」
「どう見ても嫌ってるようにしか見えないでしょ…」
そう言いながら、足を進めていく夢風に俺はついていく。
気がつくと俺は、夢風と二人で一緒に帰るという、つい先日の俺ならばどれほど嬉がったであろうイベントが発生していた。
今はただの罰ゲームとしか思えないが。
「ちょっと愛想良くしただけで、私のこと親友とか言ってくるんだよ? マジでキモいよね」
それから夢風の神無月に対する悪口が続いた。
「たまたま二年目も同じクラスになったってだけで、やっぱり私達は縁があるね、とかマジで寒いんですけど」
夢風は少し顔をうつむかせ、話を続ける。
「友達が欲しいけど、どうやって人と接したらいいか、分からないとか……知らないよ、私にそんなこと聞いてこないでよ」
彼女の表情には薄らと涙が浮かんでいたのを俺は見逃さなかった。
「私より綺麗なくせに、自分の見た目に興味ないとかどういうこと? 外見しか取り柄がないのに」
それから夢風は歯止めがきかなくなったように、神無月の悪口を言い続ける。
圧倒された俺は、何も言わずにただただ夢風の話を聞いていた。
夢風がある程度、言い終えるとお互いに沈黙が走る。
ここまで聞いていた俺は、段々と夢風という人間の本質が分かってきたような気がしていた。
「夢風がそこまで神無月を恨む理由ってなんだ?」
「え? 私があの女を憎んでる?」
最初、夢風は俺の言葉に疑問の念を向けていた。
だけど、彼女はすぐに全てを理解したように言った。
「確かに、水無月くんの言うとおりかもね。認めたくはないけど」
そう、夢風の、神無月への言葉を聞いていれば誰でも分かる。
夢風は嫌っているんじゃない、神無月を恨んでいるんだ。
「心当たりのある理由があるからなぁ~」
いつもの様子に戻り、そう言う夢風。
微笑む彼女の顔を、俺は今までのように見れるわけもなく、敵対の視線を注いでいた。
「怖いな~。どうしてそんなに私のことを怖い顔して見るの?」
「いや、ただ単に不快だっただけだ」
敵意むき出しの俺の言葉に夢風の表情は一瞬で豹変する。
「俺は夢風のことも神無月のこともよく知らないし、別に知りたいわけでもない。でも、そんな無関係な俺でも分かる。夢風は間違ってるって」
「へぇ……私が間違ってる? 何をどう間違ってるのか聞きたいな」
立ち止まり、俺の手首を掴んでくる夢風。
「簡単な話さ。さっき言ったこと。夢風が神無月を恨んでること。それが間違ってるんだよ」
「何も知らないくせに、よくそんなこと言えるね」
先ほどよりも夢風の握る力が強くなる。
少し取り乱しているようだった。
「何も知らないからこそ言えるんだよ。逆恨みやめた方がいいと思うぞ?」
あえて挑発するような口調で言ってみる。
が、さすがは夢風。
俺の意図を理解したようですぐに平常に戻った。
「私を感情的にさせて、何があったのかを聞き出そうとしたでしょ?」
「さすがだな、そのとおりだよ」
「ふふっ、水無月くんって以外とお人好しなんだね」
微笑む夢風に俺は、真顔で、核心を突くように言った。
「俺がお人好しなんじゃない。普通の人間をお人好しにさせるほど、夢風が性悪なんだよ」
「あ~あ。そこまで言われると怒る気も失せちゃうなぁ~」
くるりと可愛く回転し、俺に背を向けて歩き出す夢風。
「それは結構。俺は怒った夢風が怖いから、そうしてくれるとありがたいな」
多分…そういうことなんだろうな…。
はぁ…今ここで言うべきなのだろうか?
言ったら絶対、夢風の俺に対する敵対心が強くなるなぁ。
まっ、言っても言わなくても、どのみちもう面倒事に巻き込まれてるから、いいか。
俺は、憶測で口を開く。
「それにどうせ神無月も、俺みたいに何かしらの罠にはめようとしてる―」
夢風はバッと、いきなり俺の元に駆け寄り、制服のネクタイをグッと引っ張ってきた。
憶測だったのだが、どうやら核心的な一手をついたようだ。
「それはつまり……私に対する宣戦布告ってことでいいのかな?」
うぇえ、本来ならば喜ぶような物理的な距離なんだけど、こ、怖えぇぇぇえ。
「そう言うってことは、図星ってことでいいんだな」
何故俺が巻き込まれたのかは知らないが、夢風は間違えなく神無月に何かするつもりだ。
「正解。まぁ、分かったところで、水無月くんにはどうにもできないけどね」
「元々部外者の俺に、何かする気はないよ」
「それならよかった。あっ、私こっちだから、またね」
学校の最寄り駅前の別れ道。
可愛く手を振ってくる夢風を無視して、俺は歩みを進める。
段々と、夢風の意図が分かってきたわけだが。
どうして俺がこんな目にあっているんだろうか。
多分、運が悪かっただけなんだろう。
一番、脅しやすかったんだろうな、俺が。
「はぁ…」
やけに人と接した今日は五月の中旬にも関わらず、少し熱い気がした。
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