第6話 第一章 勘違いとぼっち。(5)
第一章 勘違いとぼっち。
それは昼休みのことだった。
昨日、一緒に帰った湊から恐ろしい誘いを受けたのだ。
「なあ、水無月。一緒に昼ご飯どうだ?」
満面の笑みで俺のことを誘ってくる湊。
湊と一対一ならば、まぁ百歩譲って受けたのだが…
「ちょっと清…まじ?」
湊の後ろには、少し制服を着崩しているギャルっぽい女子。茶色の長い髪を揺らしている。彼女は松葉(まつば) 華(はる)。
ごりごりのクラスの一軍女子である。
どうやら湊の行動にドン引きしているようだった。
悪かったな、俺なんかが誘われて。
そして、さらにその横には吉川(よしかわ) 周(しゅう)太(た)という男子がいた。
彼は湊に比べて見た目も中身も少し劣るものの、普通にイケメンである。
「え、清って水無月と仲良かったの?」
驚いたように俺の顔と湊の顔を何度も見る吉川。
「いや、僕が一方的に水無月のことを誘ってるだけだよ。でも、友達だとは思っていて欲しい。少なくとも、僕がそうだから」
そんなことを言う湊に俺は若干や嬉しさを覚えながらも、この状況があまりにも拷問であったがために恨みの方が少し強かった。
とりあえず断らなくては。
こんなリア充グループの中にバッて入れられてご飯食べるとか本当に死んでしまう。
「す、すまん。今日はちょっと…」
「ああ、分かった。無理に誘って悪かったな」
俺の考えをまるで見透かしていたかのように素早く返事をしてくれた。
「おーい、夢乃。食堂行こ~」
松葉のその声に、夢風がこちらを振り向いた。
段々とこちらに近づいてくる夢風。
「水無月くんは行かないの?」
「いや、俺はいいかな…」
素っ気ない返事をする俺に、夢風が耳元に顔を近づけ、こっそりと言った。
「放課後、屋上に来てくれない?」
「へ?」
思わず素っ頓狂な声を上げてしまった俺と、そんな状態の人間に何も説明せずに去っていく夢風。
一人残された俺は、昨日といい今日といい、いったい何が起こってるんだと怖くなりながら、廊下を歩いている四人グループに目を向ける。
そう、先ほどのあれがこのクラスのトップグループである。
まぁ、俺には関係のない人達なんですけどね。
夢風との約束通り、放課後になると俺は屋上に向かった。
色々と聞きたいことはあったが、教室内で俺から夢風に話しかけるというのは難度が高く、できなかった。
でも、わざわざ言われたことを無視するのはあれだなと思い、来たのだ。
普段はしまっているはずの屋上の鍵は開けられており、一度だけ深呼吸をしてから、俺は扉を開けて入った。
自分でもはっきりと分かるほど緊張していた。
「あっ、ごめんね。こんなとこに呼び出しちゃって」
夕焼け色に染まる空の下で、優しく微笑む彼女は言葉にできないほど絵になっていた。
「いや、別に大丈夫だけど…」
少し恥ずかしくなり、女子のようにクルクルと前髪を弄る。
我ながら気持ち悪い行動だとは思うが、許してもらいたい。
「じゃあ、さっそく本題に入ってもいいかな?」
俺はコクリと頷いて、返事をした。
夢風はそんな俺に微笑みながら近づいてきて、そっと俺の手を取った。
「なっ、えっ、ちょっ⁉」
そして、さらに俺の体に身を預けて寄りかかってきた。
夢風の体の感触が伝わってくる。
俺は頭がパンクして何も喋れなくなってしまった。
そんな俺に、夢風はさらに追い打ちをかけるように…
「ねぇ、水無月くん。私のこと好き?」
指で俺の胸元をそっとなぞりながら、問いかけてくる。
嘘だろ? 本当に俺の人生どうしちゃったんだよ。
確かに屋上に呼ばれた時は一瞬だけ期待しちゃった自分がいるよ?
でもね、すぐに「いやいや絶対にあり得ないだろ、だって俺だぞ」ってなってた俺からすると、この状況はあまりに奇妙。
なんか厄介事を押しつけられるのかと思ってたわ。
うん、で、なんて答えようかな。
正直に言ってしまえば、好きだ。いや、気になっているの方が正しいのだろうか。
そもそもここまで急接近できるとは思ってもいなかったため、夢風と付き合うとか夢のまた夢で考えるということすらしてなかった。
だってそうだろ?
俺とは天と地の差がある美少女とこんな展開になるなんて、考えもしないだろ?
うーん。ここは正直に言っておくべきかな。
「いや、その…好き…なんだろうか。いや、気になっているというのが正しいかもしれない」
どんどん顔が真っ赤になっていく、心臓の鼓動もさらに加速していくのが分かる。
あぁ、こんだけ接近してたら夢風にも伝わってるんだろうな…。
「そうなんだ…」
夢風は含みのある言い方をして、再び俺の手を取り…
「っ~⁉」
自分の胸まで俺の手を持っていき、自ら触らせてくれた。
と、同時にパシャリとカメラのシャッター音が聞こえる。
その音で我に返った時には、俺はもう遅かった。
夢風は勢いよく俺から距離を取る。
先ほど、彼女が俺の手を取った方とは反対側の手にスマホを持っていた。
「あ~あ。つまんないなぁ。結構あっけなかったね」
あざとく笑う夢風の、普段とはどこか違う雰囲気に俺の背筋は凍った。
「これ何だと思う?」
夢風が見せてきたのはスマホの画面、一枚の写真が移っている。
それは先ほど、夢風の胸を意図的に触らせられた時のものだった。
「こればらまいたらどうなるのかなぁ?」
ドス黒いオーラを放つ夢風に、俺は一歩後ずさる。
その瞬間、俺ははっきりと理解した。
罠にはめられた、と。
「なにか裏があるんじゃないかとは、思っていたけど。そういうことか…」
俺は呆れたようにため息をつき、平然を装う。
本当は恐怖で心臓がバクバク鳴ってるけどね。
でも、これはこっちも嘘でも強気でいかないといけないと、本能がそう言っているような気がした。
「さすが水無月くん。普段からクールぶって、かっこつけてるだけあるね」
あ~なるほど。こっちが本性か。
彼女の声は黒く低いもので、表情は暗く、睨むような目つきが俺にさらなる胸のざわめきを植えつけてくる。
そして、言ってることも当たっている。
本当に頑張って表情に出さないようにはしているものの、さすがにちょっとこれは…
無意識に俺は顔を引きつらせていた。
「で、それを脅しに使って、何を企んでるんだ?」
「へ~。以外とやるんだね。普段はちょっと話しかけただけでも、あれだけ噛み噛みなのに」
「うるせぇな。あれはいきなり話しかけられたからだ。自分からいけば普通に話せる」
と思いたい。
「え~。でもそれってぇ、自分で話しかけにいける人が言える台詞だよね」
うん、なんだろう。驚くほど性格が悪いなこいつは。
「まっ、とりあえずその話は一旦置いておくとして。分かってるとは思うけど、水無月くんが私にはめられたって言っても誰も信じてくれないと思うよ」
「分かってると思うなら、一々言わなくて、結構だ」
そう、あの写真の真意をどれだけ俺が説明しようが、カーストのトップにいる夢風が俺の方が嘘を言っていると言えば、みんな間違えなく夢風を信じるに決まっている。
だから、俺は抵抗することなく、夢風の要求を飲むしかないのだ。
とほほ…俺の馬鹿。
絶対何かあると疑って恐怖してたくせに、なんであっさりと引っかかってるんだよ。
「やっぱり物分かりがいいね。私、そういう人好きだよ」
「まぁな」
本当は全然納得してないし、今すぐこの場から逃げたい。
それに頭が困惑している。
「私から提示する条件は一つだよ。私の言うことは何でも聞いてもらう…ただそれだけ」
「一つって言っておきながら、その一つに複数の意味が込められてそうなんだが……」
「そこは気にしたら負けだよ。とりあえず、私がいいって言うまで、私のお願いは何でも聞いてもらうからね」
「そりゃまた随分と、自分勝手な」
「自分勝手でいいでしょ? 水無月くんに拒否権はないから。あっ、でも……」
夢風は表情をいつも通りのものにコロッと変えて、あざとく言った。
「犯罪者になりたいんだったら、拒否してくれても結構だよ」
「勘弁してくれ。なんて性悪女だ」
「別に私の悪口言うのは勝手だけどさ……あんまり怒らせない方がいいからね?」
笑顔なのに、目だけが笑っておらず、その瞳からは暗いなにかが俺を吸い込もうとしてくる。
「肝に銘じておくよ」
「よろしい。じゃあ早速、私のお願いを聞いてもらおうかな」
いきなりか。いったい、どんな無茶ぶりをされるんだろうか。
「今、教室に一人残って、私と一緒に帰るのを待っている紫苑がいるんだけど……」
紫苑と言ったときの、夢風の嫌そうな表情。
そこに不信感を覚えたが、特に聞くなどはしなかった。
「とりあえず、あの女に話しかけてきてくれるかな。もちろん、私のことは何も喋っちゃダメだよ」
あの女って……お前ら、親友じゃないのかよ。
「分かった。とりあえずそれをすればいいんだな」
「うんうん、今すぐいってらっしゃい」
にっこり笑顔で手を振る夢風の言葉通りにするため、屋上から出ていこうとする。
「あっ、言い忘れてたけど、あの女が言う言葉は、全部肯定してあげてね」
「え? あぁ、分かった」
最初はその言葉の意味が分からなかった。
が、すぐに嫌というほど理解することになる。
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