第2話 第一章 勘違いとぼっち。(1)
第一章 勘違いとぼっち。
高校二年生になって、一ヶ月とちょっとがたったゴールデンウィーク開けの五月中旬。
休み明けの教室に向かう俺の足が、気怠そうに行きたくないと叫んでいるのを感じる。
廊下にいるにもかかわらず、クラスの喧噪が耳うるさく聞こえてくる。
眠そうに右目を左手でこすりながら、右手で扉を開けて教室に入った。
中に入ると、やれ休みの時は何をしていただの、久しぶりだの、ほんの一週間ぶりに会うクラスメイトと積もる話があるのかどうかは知らないが、いつも以上に騒がしかった。
そんなクラスの一員の俺こと、水(み)無月(なづき) 藍(あい)はというと。
すぐに自席に座り、顔を伏せて睡眠の態勢をとった。
教室に入っても、自分から挨拶するような友達もいないし、特にこれと言って話すような相手もいない俺は、初手、睡眠安定。
別にクラスに馴染めていないわけではない……と思いたい。
正直言って、俺は、ぼっちや陰キャというカテゴリーに属されてしまうのであろう。
でも、別に自分ではさほど気にしてはいないし、何というかあくまで俺個人の主観的な価値観なんだが、一度しかない青春を友人やら恋人とやらを作って謳歌するのもよいとは思うのだが、青春を謳歌したからといって、将来何かに繋がるわけではないと俺は考える。
無理して友達や恋人を作りにいっても、人間のゴールは所詮同じ、だからなるべく気楽に生きたい、そういう人生がいいっていうのが俺の価値観だ。
だから、今日もなるべく気楽に生きるために、とりあえず朝の睡眠を…。
なんて思って目を閉じた途端、近くに誰かの気配を感じた。
「おはよう、水無月くん」
何事かと思い、伏せていた顔をあげると俺の目の前には、ショートの髪型に、ぱっちりと開いた瞳、優しそうな口元でにっこりと微笑む女子がいた。
「あ、ああ。お、おはよう」
唐突に話しかけられた俺は、当然のごとく少し動揺して言葉を詰まらせた。
「水無月くん、眠そうだね?」
少し冗談交じりでいじるように聞いてくる彼女の名前は、夢風(ゆめかぜ) 夢乃(ゆめの)という、このクラスまたは学校において、スクールカーストの最上位に立ち、俺とは天と地の差がある人気者だ。
「休み明けだから、ちょっと生活リズム乱れてて…」
彼女が俺に話しかけてくるということは、時々あるのだ。
例えば、今日みたいなケース。
いつもの俺は始業時間ギリギリで教室に入るのだが、今日は、偶然にも少し早めに起きてしまった。
だからいつもより学校に着くのが少し早かった。
恐らく、それが俺に話しかけてきた原因だろう。
「今日はいつもより学校に来るの早いんだね」
当然のように俺の普段の登校時間を知っている堤で話が進んでいく。
この夢風という女の恐ろしいとこはここだ。
俺なんていう、ただクラスが同じだけでまったく関わりがないような人間の細かい所をよく見ている。
もちろんこれは俺だけに当てはまることではない。
彼女は俺だけじゃなく、常に周囲の人間も、クラスメイトのことも、よく見ている。
視野が広いのだ、彼女は。
俺からすると、そこが恐ろしい。
おそらくこれが、夢風が人気者である理由の一つだろう。
こんなん、惚れてしまうだろ…。
「もっと寝てたかったんだけど、これ以上寝たら絶対に遅刻すると思ったから」
「ふふっ、そうなんだね」
くすりと笑う夢風。
こういう風に良いリアクションがとれるからなのか、普段、クラスメイトとの会話のキャッチボールが成立しない俺でも、上手に会話できているような気分になれる。
これまた、夢風が人気者の理由一つだな。
「ところで、水無月くんはゴールデンウィーク何してた?」
「え、お、俺か…え、えーと、その…」
まさか自分がそんなことを聞かれると思っていなかったため、焦り、必死になって何かを言おうと考える。
しばらく沈黙が走るが、これ以上長くなるといけないと思い、何とか口を開く。
「ずっと家にいた」
いや、我ながら残念な回答だなと思った。
何? そのずっと家にいたって。
それを言われる夢風の心情をお察しします。
これ以上、会話が弾まないだろ? 俺がそっちの立場なら、こう思うね。
もう話すことないなって。
「なるほど…ってことは、ゲームとかしてたのかな?」
しかし、夢風は違った。
少しも表情などを崩さずに、俺が言ったあの残念な回答の中で、新しい回答を見つけようとしている。
とんでもないな。
「まぁ、妹と姉ちゃんに誘われた時はやってたけど」
「そっか、そういえば水無月くん、妹さんにお姉さんもいるんだもんね。いいなぁ、私って一人っ子だから、家に帰ると遊び相手いなくて寂しいんだよね」
「あぁ、でも一人っ子の方が気楽で―」
「おーい、夢風さーん」
俺の言葉を遮るようにして、夢風を呼ぶ声が聞こえてきた。
声の方に視線を向けると、数人で話していた女子グループの一人が夢風を手招きしている。
「あっ、ごめんね、また今度続きを聞かせてね」
「お、おう」
俺にウィンクをして、女子グループの方へと向かう夢風。
再び一人になった俺は、何となく夢風のことを目で追っていた。
すぐにハッと我に返り、再び睡眠の態勢をとろうとした時に、ふと目に留まった。
本を片手に、教室に入ってきた、一人の人間に。
その人物は俺の右隣の席だったため、必然とこちらに向かってくる。
黒く伸びた濡羽色の髪。
気味の悪いほどに整った顔立ち。
透き通るような白い肌。
少しだけ悪い目つき。
何故かは分からないが、俺は気がつくと彼女のことを目で追っていた。
清楚に佇み、誰も寄せ付けないようなオーラを放つ彼女は、可愛いではなく、綺麗の方が合っているだろう。
いや、クール綺麗っていう感じだな。
なんてことを考えながら、クール綺麗ってなんだよ? と、自問自答をしていた時、ふと彼女と目が合った。
が、すぐに視線を逸らして、席に座った。
俺は絶妙な気まずさから、彼女が座っている方とは反対側に顔を向ける。
わりと凝視してた気がする……。
どうしよ、こいつキモいとか思われたかな…。
いやでも、神無月だからな…。
彼女は、神無月(かんなづき) 紫苑(しおん)という。
はっきり言って、俺と同類だ。
いや、むしろ俺より酷い。
話しかけても無愛想な返事ばかり。
常に無表情で笑っている所を見たことがない。
しかし、容姿だけは無駄に良いので、一部のコアなファンからは人気らしい。
が、近づく人間はほとんどいない。
神無月に話しかける人間は余程の物好きか、ただの馬鹿くらいである。
なんて失礼なことを考えていると、やけに右側から視線を感じた。
チラリと、気づかれないように横目で見ると神無月がこちらに視線を向けていた。
なんだろうか。俺に用でもあるのかな。
と、一瞬、そんなことを考えたがすぐに、いや俺だしな。と思い、気のせいだったと理解する。
きっと窓の景色でも見ていたのだろう。
俺の席は窓際の一番後ろだしな。
さて、もうひと眠りするかな……。
と思ったのだが、直後、始業を告げるチャイムが鳴った。
あぁ、学校ってめんどい。
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