第33話

 台所のコンロの前で時雨は適当に掴んでカゴに入れたライターでタバコに火をつける。久しぶりなのかなかなかつかない。

「前はさジッポーだっだんだよね」

 ようやく火が出て口に咥えたタバコに火がついた。


「お父さんもジッポーだったよ」

「そうなんだ。でも面倒な時はコンロの火でやってたけどね、あー久しぶりだー」

 とコンロの換気扇に煙が行くように時雨は煙を口から吐いた。


「てか藍里ちゃん、座ってなよソファーで。タバコ吸ってるの君に見られるの恥ずかしいな」

「なんで? 私こうやって台所で吸うパパを見てた」

「……そうなんだ。なんかさ、僕の吸う姿がヤンキーみたいだってさくらさんに言われたことある」

「そんなこと言われたんだ。たしかに時雨くんがタバコ吸うイメージ無いなぁ」

 でしょでしょ? と時雨は笑う。


「タバコ買うために慌ててコンビニ行ったの?」

「……まぁ、ね。やっぱ見られるの恥ずかしいや。あっち行ってて」

「わかったよ。終わったらまた来て」

 時雨は久しぶりのタバコを味わう。しかし灰皿がない、それに気づく。


 置いてあったジャムの瓶に灰を落とした。



 時雨はソファーに戻り、藍里の横に座る。

「どうだった? 久しぶりのタバコ」

「うまかった」

「そんなもんなの? よくわかんないけど」

 藍里は時雨の横に行く。ほのかに香るタバコの匂い。時雨はブランケットを取ろうとするが藍里は首を横に振った。


「だめだよ」

 と言われても藍里は時雨に抱きついた。服にまとわりついたタバコの煙の匂い。さっきよりも時雨の鼓動が強いと気づくがブランケットに包まれてる時よりも温もりがさらに伝わる。自分自身もドキドキするのに近くにいたくなる。不思議な気持ちである。

「タバコの匂い、服についてるね」

「だね……」

 時雨も藍里を優しく抱きしめる。柔らかい。さっき沖田に罵られて怒りを抑えきれなかった自分を癒してくれる、そんな気持ちであろう。そして守ってやりたい。……しかしさっきはタオルケットを包んで抱き締めていたが今は違う。そのまま藍里を抱きしめている。さっき走って解消したばかりなのにな、と時雨は少し困った。

 そうこうしてるうちに藍里は時雨の腕の中で寝ていた。

 まだこうやって抱きしめてやりたいが如何にもこうにも理性が保てないと感じた時雨はゆっくりと体をずらして藍里を横たわらせた。


 と、その直後だった。

「ただいまー」

 玄関からさくらの声がした。時雨は慌てて藍里との距離を離してソファーに座る。


 さくらはまだこの時間には帰ってこないはずだったが。

「お、おかえり……早かったね。ご飯の用意できてないよ」

 振り返るとさくらが少し疲れ切った顔をしていた。


「いいよ、まだ食欲ないし。会社の人に今日はもういいよって言われたの。藍里、寝ちゃってるね。こんなとこで寝なくてもいいのに」

「部屋で寝るよりここがいいって」

 するとさくらが鼻ひくひくさせる。


「なんか臭い、タバコ?」

 時雨はハッとした。タバコの吸い殻を台所のジャムの瓶に捨てたまま置いてあったことを思い出した。隠そうと立ち上がったがさくらが近づいてきて服を匂う。


「やっぱり……タバコ吸った?」

「はい……吸いました」

 さくらはもしかしてと台所に行くとタバコの箱と吸い殻を見つけた。


「もう吸わないでって言ったよね」

「ごめん、ついコンビニ行った時に……」

「まぁいいけど、没収。藍里もいるんだから……」

 さくらは自分のカバンの中にタバコとライターを入れた。

「あのさ、あとちょっと聞きたいんだけど」

「なにを」

「……藍里と二人きりの時何してるの」

 時雨はドキッとした。


「テレビを見たり、話をしたりとかゲームとかしたり……」

 流石に今日のことは言えない。


「ふうん……まぁ20も下だしね、話は合うの?」

「まぁそこそこ、藍里ちゃんも最近のことよりもさくらさんの影響で昔のドラマとか好きみたいだし」

「そっか……」

 さくらは少しそっけない。機嫌をまた損ねてしまったかと時雨はソワソワする。


「僕はさくらさんも藍里ちゃんも大事にしたい。幸せにする」

「何を急に。もう幸せにしてもらってるよ十分」

 時雨はハッとした。藍里も似たようなことを言っていた。時雨はさくらを抱きしめた。


 やはり二人は匂いも感触もちがう、さくらなら心置きなく抱きしめられるのか首元にキスをする。

 さくらもぎゅっと抱き返す。

「ごめんね、さっきは嫉妬したの」

「嫉妬?」

「うん、わたしといるより藍里との時間が長いから何してるんだろって気にしちゃった」

「嫉妬しちゃうのか……」

 さくらは時雨にキスをした。さらに身体を密着させる。時雨は藍里との抱擁で少し乱れた理性が崩れかけていた。

「さくらさん、まだ体調良くないんだろ? だめだよ」

「大丈夫……最近してないから溜まってるよ、時雨くん」

「いいの? 生理なんだろ?」

「もうピークは過ぎた……少し血はあるけど」

「休まなきゃ、無理はだめだよ」

「大丈夫……」

「さくらさんっ!!!」


 もう時雨は限界だった。タバコのそばにコンビニの袋があった。その中の避妊具をすぐ使うとは思わなかった。


 そしてその二人の愛し合う声を寝たふりをしていた藍里は聞いていた。

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