第32話

 時雨は急ぎでもないのに時間もあるのに小走りでエレベーターを使わずに階段でアパートを降りていく。息を切らしてさらに先にあるコンビニまで走っていく。


「……はぁ、やばい、やばい。もうすぐでやばいところやったわ」

 走って気持ちを紛らわしていたのだ。別にコンビニじゃなくてもよかったのだがそう口走ってしまった。店内に入ってなにを買うわけでもなく。成人向け雑誌はさっと目を背け、ちらっと見ると綾人が表紙になっている雑誌を見るとすこしムッとする。他の雑誌で隠した。

 振り返って日用品を見る。切れていた食器用洗剤の詰め替え、キッチンタオルを入れる。ふと避妊具に目がいく。一度目を逸らすがコンビニで買ったことがなく見たことのないデザインだとつい手にとって見た。


「あのぉ」

「わぁああ」

 時雨は慌てて避妊具をカゴに入れて声かけてきた人を見る。


「やっぱ時雨やったか。久しぶりやな」

「沖田くん。……久しぶりだね」

「久しぶりやなぁ。藍里ちゃんと知り合いやったん?」

 その沖田という男は時雨の高校の同級生でもある。藍里のバイト先のファミレスの社員でもある。


「知り合いっていうか……なんというか」

「藍里ちゃん運ばれていく時に遠目にお前の姿見つけてな。いや、ここ半年お前に似たようなやつこの辺でうろうろしてるの見えてな……こんなところで会うとは思わんかったわ」

「沖田君は結婚しとったんやないの」

「……離婚した、嫁さん子供連れて逃げたわ。ってお前結婚式呼ばんかったのに知っとったか」

 確かに、と時雨は思い出すが離婚した時いた時に結婚式行って御祝儀払わなくてよかったと。沖田は同級生同志で結婚したのだがクラスメイトのほぼ全員呼ばれていたのになぜか時雨だけ呼ばれなかったのだ。


「あの頃はめっちゃ存在感なしだったけど今じゃ垢抜けたなぁ、名古屋出るとやっぱりい変わるねぇ。って今はなにしてるの。藍里ちゃんとなんか関係あるの」

「あ、その……」

 時雨は忘れてはいない。沖田を中心にした時雨へのいじめを。いじめと言っても無視や仲間はずれがメインだった。

 昔から勉強熱心で趣味が料理や読書などインドア派だった時雨を女々しいと沖田に揶揄われていた。

 時雨は流石に今は自分が無職で年上のシングルマザーに養われ家事料理をしているというのがバレたら……と笑って誤魔化す。


「ごまかすなよ、まかさ藍里ちゃんの彼氏か? 藍里ちゃんは今療養中、こんなもの買って……まさかまだ18にもならん彼女と? 陰気なお前は犯罪を起こすなんてなぁ、びっくりやわ。今度また同窓会やるんや。ってお前のところには連絡ないと思うけどな」

 沖田が籠の中に入っていた避妊具を取り出して時雨の頬を叩く。


「それともあれか。母親の方か? 一度あったけどいい女だったなぁ、彼女にも店で働かんかって聞いたけど断られたけど……あのお女、屈んだ時大きな谷間見えて。いい体しとったわ」

 時雨は体を震わせ今にでも沖田に殴りかかろうとするところである。

「怖い怖い、そか母親の方か。年上だな。熟女、まあ俺らも36。変わりないか。でもあの母親、なんの仕事しとるんやろうな。お前知っとるか」

 時雨は深呼吸して感情を抑える。

「……知らん、聞いても濁らされる」

 すると沖田は笑った。他の客にはバレないよう時雨を隅っこに追いやる。

「絶対風俗だわ、あの体は。他の不特定多数の男に抱かれてる熟女をタダで抱けるってええな、今度家に入れてくれや、で3人で、藍里ちゃんも交えて4人でやろ……ん!!!!!」

 時雨は沖田の両頬を右手で挟んで壁側に追い込んだ。


「僕の仕事を教えてやろか? さくらさんと藍里ちゃんを守っている!!!!」

 声を抑えて沖田にそう言って手を離し、時雨は籠を持ってレジへ会計に行ってそのままコンビニを後にした。沖田は数日前に再発したヘルニアをさらに再発させて腰を抜かした。その様子を見て周りの客に見られて笑われている。


 時雨は部屋に戻り、玄関のなかでペタンと腰を抜かした。心臓がバクバクといってる。

「時雨くん、どうしたの? おかえりなさい」

 藍里が出迎えてくれた。時雨は何も言わずに抱きしめる。


「ちょ、時雨くん?!」

「藍里ちゃんとさくらさんは僕が守る!」

「……何いってんのよ。もう十分守ってくれてるじゃん」

 藍里も時雨の頭を撫でた。


「何買ってきたの?」

「えっとね……」

 時雨は慌てて買ったため、袋の中に避妊具が入ってて焦ったが、とあるものを藍里に見せてニコッと笑った。


「タバコ、買ってきた」

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