召喚令嬢の攻略事情
夢十弐書
序
0-1 オープニング前
その夜、どうして目が覚めたのかはわからない。賀志川真理はその日、大学から帰ってきて、カップ麺を食べて、ゆっくりお風呂を入って、ふかふかのお布団に潜り込み、目を閉じた。いつ眠りに落ちたのかさえも覚えていない。色も落ちてきたし、そろそろ美容院の予約を入れようかなと考えているうちに意識は途切れた。
そして、夢を見ていたのかもはっきりと記憶せず、ただ、気づいたら目を開けていた。
いつもなら間接照明で薄っすらと明るいはずだけれど、今夜は違っていた。電気を直接見てしまったのかというくらい、目の前が真っ白で、何も見えなくて、焦る。
何かおかしいと感じたのは、起きているのに動けなかったからだ。これが金縛りというやつか? と妙に冷静な頭の隅で考える。恐怖はない。慎重に指先を動かそうとし、自分の体の感覚がずっぽりと抜け落ちていることに気づいた。自分は確かにここにいる。その意識はあるのに、体の感覚はなく、戸惑う。
と、何がどうなっているのかと混乱に陥る前に、唐突に音楽が鳴り出した。
『エスレワール学院の鐘が鳴る。通学に合わせ、輝かしくも質素に見せたドレスを身にまとった令嬢、ピシッとノリの効いたシャツに腕を通した令息が、鐘の音に呼び寄せられるように歩いていく』
音楽と共に聞こえるのは鐘の音だ。時を刻むように静かに、確実に、ひとつずつ打っていく。そして、静かな声が、どちらの音にも負けずに語る。
『私も今日からエスレワール学院の生徒。王国一のこの学院でマナーを学び、礼節を学び、一人の淑女として成長し……そして、運命の相手を見つける』
何も見えなかったはずの真っ白な視界に、とある景色が浮かび上がってきた。どこか見たことがある煉瓦造りの大きな建物。時計の上には大きな鐘が備え付けられており、それが今、鳴っているのだとわかる。
語る、少女の声がそっと胸の内を呟く。
『あのお茶会で出会った彼と、ここで再会できるのかしら……?』
思い出した。
また、真っ白に変わる視界を見つめるという不思議な経験をしながら、真理はこれが何か悟った。
恋とお茶のメモリーズ。通称、恋お茶。真理がハマっていたアプリの乙女ゲームだ。この映像はアプリを開いたときに流れるムービーで、見覚えがあった。しばらく気づけなかったのは、ゲームでは音楽も音声もついていなかったから違和感があったせいだ。
だが、おかしい。なかったはずの音楽と音声があったから……だけでなく、このゲームは既にサービス終了している。寝ぼけて遊んでいるわけがなく、じゃあこれは夢かと思ったけれど、真理の意識は覚醒している。ただ、動けないだけ。
ゲームであれば、ホワイトアウト後にログイン画面に入り、デイリーボーナスがもらえる。だけど現実は違った。
少しずつ、視界に景色が浮かび上がっていく。動けないまま、じっとしていた真理が次に見たのはエスレワール学院ではなく、ましてや自室でもなく、見たことがない石造りの部屋の中だった。
まるでファンタジーゲームの牢屋の中みたいだと、ぼんやり辺りを見回した真理は、自分が動けるようになったことに気づいた。次いで、寝ていたはずなのに体を起こして座った状態でいることにも気づく。
そして。
「召喚成功だ……!」
目の前に、これまたファンタジーに出てくる貴族のような格好をした男が立っていた。
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