愛憎渦巻く美少女達のシェアハウスへようこそ。

ラスター

第1話 プロローグ JKだけでシェアハウスはもう限界⁉︎

塚本宝華(つかもとほうか)の独り言

 高校2年生の夏休み。それは高校生活の中で、一番楽しい時間だった。

 なぜなら1年生の頃と比べ学校生活にも慣れ、理不尽な先輩が減り、慕ってくれる後輩もできる。受験に追われる時期ではなく、思う存分遊びに興じれる時間だから。

 それはつまり、熱射降り注ぐ真夏とは別世界のクーラーをガンガンに効かせて20度を切りそうな快適な部屋でいつ寝ていつ起きて、いつご飯を食べても良い最高の時間のはずだった。なのにどうして……。

「休憩終わりー。ほら梓もいつまでも床に寝転がってないで、続きやるよー」

 梓と呼ばれた少女はキャミソールとショートパンツといったラフな格好で、自身の名を呼ばれてもなお寝転がる事を止める気配を見せなかった。それどころかひんやりとしたフローリングから体を離そうとする気を見せなかったため、長身の少女によって無理やり体を抱きかかえられてしまう。

「痛い痛い! 汗で床と体がくっついてるの! 宝華!」「それが嫌なら自分から起きて。あと長袖着るとか」

「暑いから嫌!」

 抵抗した結果梓は床に張り付いたガムテープを剝がすように床とお別れを告げることになり、その痛みの要因となった少女、宝華に小言を言っている。

 180cmで女性としてはモデルが出来そうなほどスラリとした体躯を持ち、その体で寝転がっていた梓を抱きかかえて起こすと、舞台映えしそうなキリっとした中性的な美貌を少ししかめつつ、「休憩終わりだよ」と再度彼女に告げた。その光景を前に、「痩せろよ見苦しい」と梓に苦言が呈された。

 その声の主であるポニーテールの勝ち気な少女は、タンクトップを着たラフないで立ちでクーラーの風が一番強い位置に陣取り、当たり付きのソーダ味の青いアイスキャンディーをかじっている。

「うっせー。舞ちゃん! あとそのアイスよこせ!」

「ちゃん付けすんな! くっつくな! 重い!」

「グラマラスって言え!欠食児童の舞ちゃん!」

「ただのデブだろ! それに俺は小食なの!」

 肉付きよくふくよかな容姿の梓が、髪型や服装によっては少年と見紛う細身の舞に抱き着いた。そしてその対格差を利用して舞が咥えていたアイスキャンディーを奪い、自身の口に運んでいる。

「至福ぅ。つめたーい」

「てめえ! 糞がっ!」

 覆いかぶさられた舞は四肢に力を籠めて梓を体から引きはがし、休憩中という事でギタースタンドにたてかけていたまるで先ほど梓によって奪われたアイスキャンディーと似た形のエレキベースを手に取った。

 それは長方形の黄色いボディーと通常のエレキベースやギターにあるはずのヘッドが無い特徴的な形状をしており、舞はそのネックを木刀を握るように両手で握りしめ、真夏のビーチで行うスイカ割のごとく、振りかぶっている。

 狙いはもちろん寝転がっている梓の顔面。奪われたアイスを至福の表情で食べているその顔面を前に、舞は復讐の鬼と化したように笑みを浮かべている。

「だるい」

 そんな今にもスプラッタな惨状を作ろうとする舞の眉間に、木製の矢のような棒が飛んできた。それは見事彼女の眉間にヒットし、思わず舞は数歩のけぞってしまっていた。

 からからとその棒は床を転がり、それを投擲した小柄な少女が棒を拾い、喧嘩の原因となった梓の前に座り込んだ。

「梓も。だるいことしないで。ただでさえ暑くて面倒なのに」

 ぬっとあおむけに寝転がる梓の視界に映る、少女のじとっとした視線と共に振り下ろされた二本の棒。それは握りやすく、目的物を叩きやすく先端が細く削られているドラムスティックだった。

「おいおいおい!」

 梓は自分の顔面をドラムパットと見立てられたかの如く180bpmのビートで振り下ろされ続ける二本のドラムスティックを首を左右に振りながら、何とか回避を続けていた。

「やめ、ちょ! ライラ!」

 梓は迫りくる攻撃を前に、吹き矢を吹くように咥えていたアイスキャンディーの棒を、スティックを華麗な手さばきで操り不敵な笑みを浮かべるライラめがけて吹き放った。だがそれをライラは右手に持っていたスティックで払いのけ、

「正当防衛……」と目を怪しく輝かせていた。

「ノぉー!」

 更にリズムを上げていくライラは梓を逃がさんとばかりに、小柄な体で柔らかい梓の腹部にまたがり、ライラは両足で彼女のボディを固定する。

「暑苦しい豚……ふ」

「いつもだけど酷い!」

 慌てる梓を前に尚もスティックを振り下ろそうとするライラのその手を、額を赤く腫らした舞が握りしめ阻止した。

「てめえ、毎回毎回」

「邪魔しないで。きゃっ」

「ふざけんな! 人の獲物とってんじゃねえ!」

 舞はライラの手を握る力を強め、力づくでライラを立ち上がらせる。156センチの小柄な舞より10センチも小柄なライラは青筋を立てている舞に対し、その身長差に臆することなく、明らかに不満そうな表情で舞を見上げていた。

「やんのか?あぁん? ぐふっ、てめえ!」

「やるならすぐ。それがライラの流儀」

 腹部を両手でおさえながら、舞はライラをにらみつけていた。その光景を前に、難を逃れることが出来た梓は軽薄そうに口笛を吹いた。

「やるねえ。みぞおちにドラムスティックをナイフで刺すかのごとくずどん。あれは痛いよ。特に脂肪がほとんどない舞ちんのボディは猶更」

 涙目の舞を冷静に診断する梓だが、その梓に対しロボットの様に冷徹な表情でライラが振り返った。彼女の左手には先ほど舞を沈めたスティックが力強く握られている。

「そこまでだ」

 低い声と共に現れた無精ひげの優男が、ライラの握るドラムスティックを取り上げたのだ。

「秋介さん……これは違うの」

 スティックを取り上げられたライラは彼を前に、おずおずと弁解を始めようとした。その光景を前に、完全に助かったと分かった梓は、感謝の意を述べるように両手を広げて彼に抱き着こうと駆け寄った。「流石秋介さん。私のピンチに颯爽と登場だなんて……そこにしびれ、ぐえっ」

 だが秋介と呼ばれた男はバスケットボール選手のような180センチ後半の長身にふさわしい長い腕を伸ばし、駆け寄ってきた梓の頭部を大きな手で抑えた。

「暑苦しい。汗がつくから抱きつこうとするな」

「ツンデレちゃん」

「〇すぞ」

「やーん」

 頭を手でつかまれながらも梓が猫なで声で身をよじり、秋介の罵倒を楽しそうに受けている。

「頭なでなで……ずるい」

 その光景を前にライラは暗黒のようなオーラを放ち、梓に対抗するように秋介の空いた左手を小さな両手でぎゅっと握っている。

「暑苦しい……おい、宝華!」

「は、はい! 秋介兄さん」

 秋介よりやや小柄な宝華は上官に呼ばれた兵士のように、秋介の呼びかけに背筋を伸ばして返事をした。

「文化祭まで時間が無いんだ。遊ばせるためにこの家貸してるんじゃねんだぞ。まだ下手糞なんだから、バンド練習しろ」

 わかっているのか?と釘を刺すような物言いの秋介に対し、宝華はこくんと首を縦に振った。

「わ、わかってる。だから休憩も終わったし、これから練習するの」

 ね、みんな。と宝華はメンバーに同意を求めるように、閣員と視線を合わせた。

 いつの間にかベース担当の舞は革製のストラップを肩にかけ、黄色いヘッドレスベースのチューニングを行っている。

 リードギターの梓は「まあ私は練習しなくても一番うまいんだけどね。ねえ、舞ちん」と鼻歌交じりに足元のマルチエフェクターのモニターを眺めながら、真っ白のディンキータイプのエレキギターのチューニングを行っている。舞からの返答は無い。

 リズムギターでバンドマスターの宝華も遅れながら、シンプルなストラトキャスタータイプのギターのヘッドに付けたクリップチューナーでチューニングを始めた。

「大丈夫かなあ。いや、大丈夫に決まってる、よね。ねえ、花ちゃん」

 先ほどから部屋の隅でパイプ椅子に座りながら黙っていた少女に対し、宝華は尋ねた。その問いかけにお化けにでも話しかけられたかの如く驚き背筋を震わせた少女、花は震えた声で「そ、そうですね」と答えた。その視線は誰もいない、部屋の隅の方へむけられている。

 薄手のロングTシャツに黒いスキニーを履いた自信なさげなこの少女、花がボーカルだ。

 人見知りが激しく、それを体現したかのような黒髪のロングヘアーや長い前髪で視線を隠したような陰気さはホラー映画を連想させる。

 バンド結成当時も、なぜこの子をボーカルにしたのだろうという疑問が出た。たしか最初に言ったのは舞だった

『花が無い』

 名前と相対し、地味な少女を前に裏表の無い舞がはっきりと断言した。それに対しライラも静かに首を縦に振って同意した。その光景を前に、縮こまるように花が俯いている。

 梓は『こういうキャラの方が逆に映える』と反対意見を述べていた。

「ライラがやりたい」

 ライラは自分がボーカルを代ると立候補し、それに対し花も同意しようと顔を上げたのだが、

「ボーカルは花だ。それは変えん。そうだろ? 宝華」

と秋介が彼女たちの意見を全て棄却した。問いかけられた宝華も「う、うん。私もボーカルは花が良い」と続けて口にし、縋るように寄ってきた花に対し、「お願い、ハナちゃん」と頭を撫でてボーカルをやるようお願いをしていた。

 元々ボーカルに興味の無い梓や舞は特段やれるのか心配はすれど、やれるのなら不満はない。しかしはっきりとした敵意や嫉妬心を向けているライラのみ、「期待を裏切らないでね」と恨み節を籠めるように、花と宝華にはっきりと告げたのだった。

 そんな彼女に対し、「で、出来る限り」としか返せない花を前に、心底不満そうに彼女は自分に与えられた役割であるドラムセットの準備を始めた。

 初めて触るであろう打楽器の群れの前に、彼女は臆することなくシンバルやスネアなどをスティックで鳴らし、感覚を掴もうとしていた。

 当時はシンプルな白いピックガードにサンバーストカラーのジャズベースを渡された舞は、『重い』と苦言を呈しながら、唯一ギター経験者だった梓からチューニングやら音についてセットアップを教わっていた。

 一人だけ自前のエレキギターを持ってきた梓だけ、慣れた様子で『楽しくなりそうですなぁ。あ、おやつは朝夕2食で』とぐふふと笑っていた。

『ひ、酷いよぉ』

 そう言って私にすがるように訴えてきたのは、幼馴染の花だった。昔は歌うのが好きで、私や兄さんとカラオケに行ったりしてたのに、どこをどう道を誤ったのだろう。

 中学で一時期疎遠になってからだっけ?

 そんなことを思いながら、私もスタジオとして使われているこの部屋に置いてあった、今も使っているエレキギターを鳴らそうとしたんだった。

「宝華!」

「は、はい!」

「準備できてないのお前だけだぜ。しっかりしろよな」

 悪態をつくような口調だが、舞がまるで保護者のような言葉を私に投げかけていた。

「ごめんごめん。今準備する」

 秋介から借りた青いマルチエフェクターを操作し、慌ててギターのチューニングを始める私を前に、後ろから「早く」と急かすような、ちちちとハイハットを刻む音が聞こえてきた。

「ごめん! 準備できた!」

 さあやろう! と、私は幼馴染の花を先頭に、左右に私と梓。梓の背後に舞という隊列で、たまに見に来るたった一人の観客を前に、「ライラ!」と叫んだ。

「言われなくても」

 そう言いながらライラは静寂を確認し、小柄ながらも精一杯スティックを握る両手を高く掲げ、「ワンツー」とスティックを鳴らし、バスドラムやスネアなどを一斉に鳴らした。声とスティックの音を合図に、私たちもアンプから音を鳴らす。

幼馴染の背中から不安な気持ちが伝わってくるが、それをかき消すように私は必死にコードをかき鳴らした。

一曲が終わり、みんな息を切らしていると、観客である兄、秋介から拍手が送られてきた。

「上手くなったなあ」

 その言葉に対し、皆顔が緩んだような気がする。だが次の言葉に、私たちは表情を引き締めなければならなくなった。

「まだまだ下手だが、これなら本番もエアバンドとしては完璧だ」

「秋介殿。まだまだみんな初心者だし、曲も覚えたて故」「お前は走りすぎだ。一人で弾いてるんじゃねえんだぞ?」

 観客である兄からの言葉に、分かりやすいように大げさな動きでダメージを受けたことを表現する梓に対し、楽譜通り完璧に叩き切ったライラは小さくほくそ笑んだ。しかしその表情を逃さない秋介は、「ライラも!」と声を上げた。

「ドラムも上手くなったけど正確過ぎる。もっと周りに合わせて。正確なだけならリズムマシンと変わらねえぞ。

あとベースはアンプの音を絞りすぎて音が小さい。自身無いのが音に出てる!リードは歪ませすぎだし、リズムズレてる」

「す、すみません」

 ライラと舞は小さく謝罪し、その体を小さく縮こまらせている。

「宝華!」

「は、はい!」

「花に気を取られ過ぎ。コードチェンジとかでお前だけリズム遅れてる時がある」

「ご、ごめんなさい!」

 皆口々に謝罪していると、秋介が「昨年と比べりゃだいぶ上手くなってるけど、もうアレは繰り返したくないんだろ?」とバンドメンバー全員に問いかけた。それに対し彼女たち全員は黙り、小さく肯定するように首を縦に振った。

「アレに対してリベンジするには練習するか、エアバンドをするかしか無いぞ。お前らはあの後解散してブランクもあったんだ」

「以前とは比較にならんくらい上達してるがな、まだまだだ」

「わ、私のせいで」

 アレを思い出し泣き出す花に対し宝華がフォローしようとした矢先、「違う!」と舞が否定した。

「私が」いや、「俺が」などと互いに自分が悪かったと口にする中で、梓は「私たちは完璧でしたな」とドラム椅子に黙って座っているライラに問いかけた。

「確かに私たちは完璧だった」

 ライラは梓の言葉に対し、同意した。その瞬間、室内は静まり返り、視線がライラに注がれる。舞に至っては目を細め、眉間にしわまで寄せている。

「個人としては」

 ライラはそう言葉を補足すると、「ごもっとも!」と梓は叫ぶように同意した。

「バンドは水物。CDに合わせて弾くのとはまた違った難しさがあった。当時の我々はアレンジやフォローが出来なかったからねえ」

「もう負けない……ミスして可愛いなんて言われない」

 ゴシック系のキャストドールのような整った容姿のライラはドラムスティックを強く握り、その瞳に熱をともしている。

「……そうだな。悪かった」

 その姿に舞は謝罪し、ベースのネックを握る手に力がこもっていく。そしてベースアンプのボリュームトーンや、エフェクターをいじり、音量調節を開始している。

「ちゃんとついていくからさ」

「まあ運動したほうがご飯もおいしいし」

 背伸びをしながら梓もアンプの歪を下げて、じゃららんと先ほどよりもクリーン寄りな音を鳴らした。

「みんな……」

 その光景に胸がうたれそうな気持になったが、花だけはまだ不安そうな表情でこちらを見ていた。すると先ほどより2割ほどゆっくりのペースでスネアを叩くライラは、

「歌いにくいでしょうけど、このテンポでお願い。それなら出来るでしょ?」と楽器隊に向けて意思疎通を行っている。

「それならなんとか」

 舞の言葉に対し梓は「ゆっくりは退屈だけど、課題は一つずつ、かー」と満更でもない様子で遅めのテンポで先ほど弾いた曲の手癖を確認していた。

「やろう!」

 宝華は心配そうな花の手を握り、皆に声をかけた。そして音頭をや意思確認をするように、声を大にして叫んだ。「失敗しても何度でもやり直そう。やり直せる。それが言いたかったんだよね、秋介にいさ……ん?」

 そう問いかけようとした矢先、観客出会ったはずの兄の姿はそこには無かった。

「神出鬼没だから……秋介さん」

 おずおずと恰好を付けようとして空ぶった形となった幼馴染の宝華をフォローするように花は言うも、宝華は首をぶんぶん横に振って、

「練習! 練習するぞー!」

 と叫んだ。しかし後ろを振り向けば、

「疲れた」と先ほどまで秋介が座っていた折り畳みのパイプ椅子に腰をかけている梓や、兄がいないからと露骨にテンションを下げているライラがいた。

「だ、大丈夫かな……」

 秋の文化祭までに間に合うのだろうか。不安になる宝華に対し、「やるしかないだろ?」と舞が宝華たちに声をかけた。

「俺はもう負けたくないんだ」

 彼女はそういってアンプでマルチエフェクターのリズムマシンで先ほどライラが述べたリズムを鳴らし、自主練習を始めた。

その姿にエールを貰いながら、宝華たちも練習に励むのだった。

「ほらライラ、兄さん来た時に進歩してないってガッカリされるよ」

「梓も。ギター練習付き合って。夕ご飯一品おまけするから」

 明らかにやる気を下げているメンバーたちにはっぱをかけ、幼馴染の動きも目配せする宝華。

 花はまた部屋の隅に戻り、ぶつぶつと遅めのテンポで歌えるよう歌詞を呟いている。

「サラダは一品に含まないでね」

「豚しゃぶサラダならどう?」

「妥協しよう」

「ありがと。梓ちゃん」

 椅子から動く気配は見えないが、梓は宝華がコードチェンジでミスをする場所をどうやって弾くのか教え始めた。 その一方で、リズム隊であるライラは花に、スネアだけだが通常の半分のテンポでビートを刻み、

「これを基準に弾いてみて。遅くなったり早くなったりしたらこっちがリズムを変える」と舞のベースをリズムのメインに据えて練習に付き添っていた。

 舞はそれに対し「悪いな」と詫びつつ、ミスをしないよう指を動かした。

「大丈夫。すべては秋介さんと私のためだから」

 舞はライラが妄想を始め頬や瞳を見せつつもリズムマシンの様に規則的なリズムを刻む姿にある種敬意を払いながら、暗譜した曲を練習していく。

 目指す先は一緒だ。

 ローリングストーン。

 これは絶え間ないひと時を色あせずに駆け巡った、時に楽しく、時に嫌気がさして衝突を繰り返して過ごし、乗り越えた私たちの青春。

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