第6話 ドロンとお盆

これは、長野に住む友人k子から聞いたお話です。


以下、K子の語り。


祖父が危篤だと連絡を受け、私と母、そして父の三人で長野にある救急医療センターに向かった。


急ぎ5階にある祖父の部屋を訪ねると、そこには親戚一同が暗い面持ちで祖父が横たわるベッドを囲むようにして座っていた。


祖父の隣には祖母の姿もあった。


祖母は1年前から認知症を発症し、介護ができない祖父の負担を軽減するため、近くの養護施設に入居していたのだが、祖父のこの状況に、叔母夫婦が外泊許可を取って連れてきてくれたらしい。


祖父は今にも閉じそうな目を微かに震わせながら、今しがた着いたばかりの私たちの顔を見るなり、


「よう来た……よう来たな……元気……やったか?」


と、振り絞るような声で言った。

その声に思わず泣き出しそうな私の肩を、母は後ろ手に抱き寄せながら、自分も今にも泣きそうな声を我慢しつつ、


「ええっ……元気ですよ……家族三人、元気で過ごしてます」


そう言った母の言葉に、父も力強く頷いて見せる。


「そうか……なら良かった、本当に良かった……」


消え失せそうな祖父の声に、私は我慢できずに祖父に飛びついた。


「お祖父ちゃんやだよ!もっと長生きしてよ!」


私の悲痛な声に、祖父は満面の笑みを浮かべてこう答えた。


「ははは……大丈夫、大丈夫よお、いつの日か盆にはドロンと顔を出すからの、楽しみにしちょれよう、ははは」


そう言って、祖父は歯抜けの口を大きく開き私に向かって笑って見せた。


直後、


─ピーッ


という断続的な機械音が部屋にこだまし、それと同時に祖父の身体は力なく傾いた。


部屋の隅で一部始終を見守っていた病院の先生と看護婦が、見る間に精気を失っていく祖父の手を取り時計の秒針を確認している。


その時、祖父は亡くなったのだと、私は悟った。


それから月日が立ち、成人した私は祖父の墓参りも兼ねて、祖父の住んでいた家に遊びに行く事にした。


今では叔母夫婦が住んでいて、祖母の面倒を見ながら一緒に暮らしている。


祖父の家に着くと、思わず懐かしさにほころぶ顔を照れ隠しながら、私は家の中へと案内された。


叔母夫婦、そして祖母に挨拶をし祖父の仏壇に手を合わせていると、


「K子ちゃん、本当に大きくなったねえ見違えたわ」


叔母が淹れたてのお茶を出しながら私に言った。


当時の私はまだ中学生で、今はもう社会人になる。

日々の忙しさもあり、ここ3年は祖父の墓参りをサボっていた。


今回はアルバムの整理をしていたところ、昔撮った祖父との写真を見つけ、いてもたってもいられずここに来たというわけだ。


「なかなか来られなくてごめんなさい」


「いいのよ、来てくれてお祖父ちゃんも喜んでるわ、ね?そうよね、お婆ちゃん」


叔母が隣の椅子に深々と腰掛け、お茶をすする祖母に話しかけた。

すると祖母は顔を僅かに上げ、


「k子?k子はまだ13歳のはずじゃろ?」


と、訝しげな顔で私の顔を覗き込んで言った。


相変わらずだなと思いつつ、私は叔母に苦笑いで返した。


「あれ……なんだこれは?」


「えっ?」


突然だった。

それまでニコニコしながら叔母の隣に座っていた叔父が、突然祖父の仏壇を見るなり急に呟くように言ったのだ。


思わず私と叔母は叔父に釣られるように仏壇に目をやった。


─フワリ。


と、何か白煙の様なものが、仏壇からゆっくりと立ち昇っていた。


ロウソク?線香?


そう思ったが両方とも火は消えている。


それ以前に、煙はユラユラと現れたまま、その場で揺れたまま形を崩そうとしない。

僅かに線香の様な匂いを漂わせ、その場で揺らめいている。


「な、何これ……?」


叔母がそう言った時だった。


私の脳裏に、あの時、祖父が亡くなる直前言った言葉が微かに横切った。


瞬間、私はそれを自然と口にしていた。


「いつの日か……盆にはドロンと顔を出すからな……」


「あっ!」


それを聞いて、叔母夫婦も思い出したかのようにお互いの顔を見合わせている。


「お祖父ちゃん……ドロンって……来てくれたんだ……」


怖いというより、自然と私の目には涙が浮かんでいた。


するとさっきまで無言だった祖母が、突然よろよろと立ち上がった。


慌てて駆け寄ろうとした叔母を、祖母は片手を上げ制すると、おぼつかない足取りで仏壇へと向かった。


お婆ちゃんにも、お祖父ちゃんが分かるんだね……そう思い、私の目はもはや決壊寸前のダムの様になっていた。


思わず口を片手で覆ったその時、祖母がゆっくりと口を開きこう言いった。


「煙たいねぇ~」


祖母はそう言って白い煙を片手で数回払い除けた。


「えっ?」


思わず私の口から声が漏れた。


お婆ちゃんの片手が煙を払うと、煙はその場で揺らめくのをやめ、スゥっと昇り始めたかと思うと、天井に吸い込まれるようにして掻き消えていく。


「えっ……ええぇぇぇ!!」


一同そう喚きながら、微動打にしないお婆ちゃんを見ながら、いつまでも唖然としていた。


以上が、私が御盆に体験した実話です。


お祖父ちゃん……ごめんね。

また、今年も顔出すからね?

楽しみに待っててね。<k子より>



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