第4話 for 幽-エピローグ-

あれからいく月か過ぎた。

季節は春を迎え、陽気な天気に、外では元気に遊ぶ子供たちの声が響いてくる。


今日は再来月に出版される、俺の本の打ち合わせでこれから出かける予定だ。

新しい家での暮らしにもだいぶ慣れた。

以前の家のオーナーからは敷金以外にも、礼金と引越し費用を負担すると言われたが、俺は丁重にそれを断った。


代わりと言ってはなんだが、俺は無理を言ってあるお願いをした。


新居の部屋の中央、壁に埋め込まれた大きな姿見の鏡。

以前に暮らしていた部屋からそのままこちらに持ってきて、今の家主の許可を貰って取り付けさせてもらった。


鏡の前でスーツを着てネクタイを巻く。

久々にやるので中々上手くいかない。

手こずっていると、


「もう……」


か細く響く穏やかな少女の声が鏡から聞こえたかと思うと、白いドレスを着た少女が透き通るような姿で現れ、俺のネクタイを巻き直してくれた。


「ありがとう……行ってくるよ」


俺は彼女にそう言って微笑むと、その頭を優しく撫でた。


幽霊が成仏するのかなど、俺はよく知らない。

それがこの世の理に触れる事なのかなども……。

ただ、彼女が今を選んだのならそれでいい。

それが彼女なりの答えなら、俺はそれでも構わない。


今は、もっと沢山のものを彼女に見せてやりたい。

これからは、閉じられたあの狭くて白い世界ではなく、もっと広くて、輝く世界を、俺は見せてやりたいと思っている。


玄関に立ち靴を履き終え鏡に振り返る。


そこには、春の日差しに照らされ、はにかむように笑いながら手を振る少女の姿があった。


それを見て俺は、


やっぱり……この少女には日差しが良く似合う……そう思った。

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