52 決着

「なんだって!?」


「ぐ……い、いえ。気持ち悪いだけです……」


 ディスプレイの端にガンナーシートのエスティカが映る。

 その顔色は、青いを通り越して白かった。

 無理な起動が祟ったのだ。


 長くはもたねえな……!


 ミサイルだけなら、ツルギの運動性を完全に引き出せばかわせるだろう。

 だが、エスティカの身体が耐えられない。

 それに、問題なのはミサイルじゃない。


『ほう。あれをかわすか。だが、いつまでもはもつまい』


 爆心地の真下には巨大なクレーターができていた。

 その中心は溶岩と化し、水蒸気と砂煙が大きな渦を巻いていた。


「ちっ! 厄介だな……」


 さっきのマギウスの法撃は、ツルギのいる空間上に直接現象を生み出していた。

 対して、エスティカの法撃は、現象を手元に生み出してから射出する。

 同時に法撃を行なったら、こっちが一方的にやられるということだ。


 ――こっちが法撃を控えても、いつまでも避けきれるもんじゃねえ。


 ミサイルで動きを制限してからさっきの法撃を放たれれば、それだけで詰みになりかねない。


「くそっ! 便利なもんだな、魔法ってやつは……。今の攻撃をこっちが使えればよかったんだが」


 マギウスの唯一の弱点は機動性だ。

 マギウスのような空間指定型の法撃が使えれば、一方的に攻撃できるだろう。

 マギウスの装甲は厚いが、今の反物質爆発らしき法撃なら打ち破れる可能性がある。

 エスティカが悔しげに言った。


「すみません。さっきの法撃の正体がわかりさえすれば……」


「あ、いや、エスティカを責めてるわけじゃ……って、正体がわかればいいのか?」


 おもわずエスティカに聞き返す。


「は、はい。イメージの問題ですので、一定以上現象を理解していれば使えるはずです」


『一定以上というのはどの程度の水準なのでしょう? たとえば、エスティカは炎についてどのような理解をしているのですか?』


「とても温度が高いこと、周囲のものに燃え移ること、新鮮な空気があるといっそう燃えやすいことなどを踏まえてイメージしています」


「けっこうアバウトだな」


「アバウトなほうがいいのです。詳細にイメージしすぎても、それが万物のことわりに反していれば逆効果ですから」


『なるほど。ずっと疑問だったのです。燃料なしに燃焼する炎とはなんなのかと。』


「それを言うなら、そもそも魔法自体がことわりに反するものでしょう。ですが、世界を書き換えるには、ことわりに則ってるように見せかける・・・・・必要はあるのです」


「それで『一定以上の理解』なのか。じゃあ、位置を指定して魔法を発動させるのは?」


「それは高度な技術ではありません。最初にお会いした時、私を追っていた騎士たちが、雷の魔法を使っていましたよね?」


「ああ。……そうか、稲妻が来る前の閃光か!」


 騎士の雷撃魔法には、閃光による前兆があったことを思い出す。


「はい。あれは、閃光で着弾先を指定し、稲妻を誘導しているのです。マギウスのさっきの魔法も同じです。黒い火線が誘導体なんです」


「じゃあ、エスティカにも同じことができるんだな? クシナダ、これならいけるんじゃないか?」


『ですね。私からエスティカに、反物質についてレクチャーしてみます。そのあいだ、私の迎撃効率が若干落ちます。』


「それくらいなら問題ない。持ちこたえるさ」


「え? えっ?」


「すまんが、お勉強の時間だ。なに、エスティカは優等生だろうからすぐに済むさ」


『では始めますよ。まず、物質とは何かということですが――』


「さ、さっきの法撃の正体がわかるのですね!?」


 後部座席で即席の個別指導が始まった。


 俺は適度に攻撃を加えながら、ミサイルの雨をかわしていく。

 反物質爆発が来るたびに手がぬめる。


 リミッターを解除したことがたたって、スラスタの推力が不安定だ。

 メビウス鋼弾の在庫も尽きた。

 ミサイルはもう墜とせない。


 俺のほうも限界が近い。

 神経系への過負荷で頭の奥がちりちりと痛む。

 反射速度も如実に落ちた。

 目の毛細血管が切れて血涙が浮く。

 鎮静剤が恋しくてしかたがない。


 だが、これはこれで、俺の秘められた力を引き出す条件になる。


 まだか、と急かす必要はなかった。

 集中が限界を超え、すべての光景がスローモーションになる。

 脳が本気でヤバいと感じた時だけ入り込める特別な状態だ。

 ゾーンとかフローとか呼ばれる雑念のない超集中状態をさらに超えた先にある領域だ。

 俺はハイパー・ゼン・モーメントと呼んでるが、MARSの仲間にはネーミングセンスが悪すぎると不評だった。


『反物質とは、自然に存在する物質の電荷が――』


「電荷というのは――」


 視界に映るミサイルが形を失い、黒いもやになった。

 現実のミサイルが変化したわけじゃない。

 俺の脳内で「脅威」の直感的な分布が視覚化されたのだ。


 もやの少しでも薄いところに機体を。

 そうするだけで俺はミサイルの直撃をかわしている。


 だが、この状態も長くはもたない。

 至近でミサイルが自爆し、エッジドビームシールドがもぎとられた。

 そこに別のミサイルが迫ってくる。


「くっそが!」


 俺はビームザッパーでミサイルを殴った・・・

 オーバーヒートしていたザッパーが爆発する。

 その反動で後ろに弾かれ、俺はミサイルの群れを切り抜けた。

 だがその代償に、ザッパーを握っていた腕はちぎれていた。


 ようやく、待ちに待った声がかかる。


「……理解しました! やってみます!」


「頼む!」


『むっ!? 貴様、その術の構成は――!』


 マギウスがエスティカの術を見て驚いた。


「我、物質の対となる存在を召喚し、その消滅を対価に虚無の世界を現出せん――虚無爆滅之陣ヴォイド・エクスプロージョン!」


 マギウスに黒い火線が集まり――


『ぐおあああああっ!?』


 マギウスの装甲が内側から爆ぜた。

 全身を覆う触手がちぎれ飛ぶ。

 体内に格納されたミサイルが爆発、装甲のあちこちが火を吹いた。


『きさ、貴様……』


虚無爆滅之陣ヴォイド・エクスプロージョン!」


 エスティカが重ねて放った術で、マギウスの装甲がさらに弾ける。


『があああああっ!』


「いけっ! やっちまえ!」


「はいっ!」


『生意気な――原星人ごときが、わが法撃を模倣するかあああっ!』


 マギウスはバーニアを吹かし、エスティカの法撃をかわそうとする。


 だが、マギウスの巨体では避けようがない。


「私たちの世界を荒らした罪――その身で贖いなさい、マギウス!」


『ふざけるな! 我は偉大なる星間魔法文明マギウスの末裔にして――』


虚無爆滅之陣ヴォイド・エクスプロージョン!」


 マギウスの言葉を待たず、エスティカがさらに術を放つ。

 反物質の爆発が、マギウスのバーニアを数基まとめて葬り去る。

 推力のバランスが崩れ、マギウスが斜めになって宙を滑る。


『馬鹿な――こんなこと、あっていいはずが……!』


「エスティカ! 油断せずにたたみかけるぞ!」


「はい、セイヤさま!」


 エスティカの法撃がマギウスを砕く。

 マギウスは、もはやビームフィールドを張ることすらできていない。


『おのれ――おのれええええっ!』


「トドメだ!」


 荷電粒子対艦刀を抜き放つ。

 ミサイルはもう数えるほどしか飛んでこない。

 余裕でかわし、マギウスの頭部――コアである赤いマギフレームを巨大な胴体から切り離す。


『グ――』


 マギウスの悲鳴が途絶えた。


 マギウスの巨大な胴体部分が制御を失い、紫衣の森に墜落する。


 大地を揺るがす爆発を背に、赤いマギフレームのコクピットを抱え、ツルギはよろめくように降下する。


「どうだ、今回もなんとかなったじゃねえか」


 不敵に笑ってそう言うと、


『デタラメきわまりない戦いでしたね。これまでの中でもとびきりです。』


「……まだ生きてるのが信じられません」


 愉快な仲間たちが、呆れたようにそう言った。

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