30 交渉

 いきりたつリリスを制したのは、他ならぬ魔王だった。


「――よい。直截的な物言いは好きじゃ。朕としても、異星の客人に光栄ある魔国を三流国家と思われるのは我慢がならぬ」


「じゃあ、どうすんだ?」


「おぬしはパイロットなのじゃろう? それも、生身で機体を奪い、ゴブリンで上位機をまとめて戦闘不能に追いこんだ凄腕じゃ。ところで、この国が実力主義で鳴らしておることは聞いておるな?」


「ちっ。そういうことかよ」


「さよう。ツルギとやらだけ接収しても乗り手がいなくては運用できぬ。朕は強欲でな。できることなら、機体とともに異星のエースパイロットも手に入れたいのじゃ」


「要するに……ほしいものがあるなら戦って手に入れろ、と?」


「くっくっく……物分かりがよいではないか」


 魔王が、あどけない顔を悪どく歪めてそう言った。


 俺は、ため息をついて言った。


「んじゃ、条件を整理するぜ。

 まずこっちとしては、ツルギは俺のもんだってことは譲れねえ。俺たちの行動の自由もだ。本来なら戦わなくても当然認められるべき権利だと思うがな」


「時として、権利は命がけで守らねばならぬものじゃ。奪われてから泣いても遅いのじゃからの」


「大いに異議はあるが……まぁいい。

 だが、やるからには、そんな受け身の条件だけじゃ釣り合わん。

 魔国がマギウスを責任を持って討滅すること。その後、魔国は帝国からすみやかに撤退し、神聖巫覡帝国の存続を認めること。

 もちろん、その間、俺にもエスティカにもツルギにも手を出さず、客として適切な対応を取ってもらうぞ。こちらが要求すれば、あんたにできる範囲のことならどんなことでも便宜を図ってもらう。これには当然、俺とツルギが火星に帰る方法を探すことも含まれる。

 このくらいの条件は呑んでもらわねえとな」


「ほう、ふっかけおるな。じゃが、それで構わぬよ。こざかしい交渉など朕は好まぬ。

 こちらの出す条件は……そうさの。おぬしが敗北したら、セイヤ・ハヤタカはツルギとともに魔国に仕官してもらおう。むろん、マギウスとの戦争では最前線で戦ってもらうことになる。もっとも、戦果を挙げればその分の論功行賞は適切に行うから安心せい。働き次第では立身出世も思いのままじゃ。ただ働きはさせぬということじゃな」


「あんたに仕えたがってる連中なら進んで負けたくなりそうな条件だな」


「じゃが、おぬしにとってはイヤなのじゃろう? 全力で戦ってもらわねばつまらぬのでな。ところで、ツルギは不調だと言っておったが、代わりの機体が必要か?」


「いや、必要ない。だましだましやるさ」


「だましだましではつまらぬ。全力を見せい。なにやら小癪な細工をしておったようじゃが、調整に時間がいるなら待とうではないか」


 魔王はエスティカがリミッターの秘術をかけてたことに気づいてたみたいだな。


「たいした自信だな。で、相手は誰なんだ。リリスのティアマトを倒せばいいのか?」


「ふむ。そのカードも見てみたいがの。この賭けにはもっとふさわしいパイロットがおるのだよ」


 と言って、魔王がにやりと笑う。

 リリスが顔を青くして魔王に言った。


「へ、陛下、まさか……」


「まさかではあるまい。国運を賭けるのじゃ。朕以外に、この国を代表できる者などおらぬではないか。あーっはっはっは!」


 獰猛に笑う魔王に、俺は驚く。


「まさか……あんたが出るっていうのか!?」


「魔国は実力主義だと言ったであろう。どうして朕のみが例外だと思うのじゃ?」


「……そういや、何代にも渡って転生してるんだっけか。本当か?」


「はっはっは! 朕に面と向かって聞いてきた者はいつ以来じゃろうな! まぁ、噂だ! 朕は否定も肯定もせぬ」


 そう言うと、魔王は椅子から立ち上がった。

 すかさず給仕の者が駆け寄って、真紅のマントをその肩にかける。

 魔王は、マントをばさりと翻らせ、


「――リリス! 朕のマジェスティックを準備させよ!」


「は、ははっ!」


 敬礼するリリスの脇を通りすぎ、魔王は食堂から姿を消した。

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