28 魔国へ

「ここが格納庫ハンガーだ。ツルギとやらはここに置け」


 リリスに指示された通りの場所にツルギを立たせ、俺とエスティカはコクピットから降りる。


 同時に、ティアマトからもパイロットが降りてきた。

 ツルギと同じく、昇降用のワイヤーで乗り降りするようだ。


 パイロットはヘルメットをしていなかった。

 ここは宇宙空間じゃないので、ヘルメットはなくてもいいのだろう。

 あるいは、竜人ドラゴニュートとやらは急激な気圧や慣性の変化に耐性があるのかもしれない。


 パイロット――リリス・セルナンドゥは、俺の予想を大きく裏切る人物だった。

 水色の髪とうす紫の肌、トパーズの瞳の持ち主で、背は150そこそこだ。

 パイロットスーツとライダースーツの中間のような、独特のぴったりとしたスーツを身につけてる。

 左右の頬に紫の鱗のようなものがあり、耳はピンととんがっていた。


 その時点で、「貴族の怜悧な美青年パイロット」という俺の予想は、大はずれもいいとこだった。


 だが、何よりちがってたのは、


「女だったのか」


 ぴったりとしたパイロットスーツのせいでボディラインがよくわかる。

 スタイルは控えめだが、輪郭はあきらかに女性のものだ。

 肩口で切りそろえた髪型も、中性的だが、男性のものではありえない。


「女で何か不都合があるか?」


 そう言って、トパーズの瞳で俺を一瞥する。

 表情筋の存在を忘れ去ったような無表情。顔立ちが整ってることもあって、一瞬にして「氷のような美貌」という表現が浮かんでくる。

 尖った耳に輝く赤いピアスが、俺には妙に気になった。


「おっと、すまん。不適切な発言だった。謝るよ」


「……貴様の最初の反応はよくあるものだが、その直後に謝ったのは貴様が初めてだ」


 拍子抜けしたように、リリスが言った。


「武器を持っているな? 預からせてもらう」


 俺はヒップホルスターからハンドガンを外して渡す。

 事前にマガジンを抜いてあるからあっちに使われるおそれはない。


 なお、俺のパイロットスーツにはいくつかの暗器が仕込まれてる。

 ハンドガンを渡しても、身を守るくらいならなんとかなる。


 リリスのほうは、金で装飾されたレイピアのようなものを腰からぶら提げていた。

 実用品というより地位を示すもののようだが、柄は手垢で汚れてる。


 いざって時には躊躇なく抜くんだろうな。


 リリスは、俺の手渡したハンドガンを、もの珍しげに観察する。

 それを見守る俺の視線に気がつくと、すこし照れたような顔をし、直後にそれを引き締めて、なかなか威厳のある声で俺たちに言った。


「――ついてこい。魔王陛下がお待ちだ」

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