20 お召し替え

 エスティカがリミッターの秘術をメビウスマターにかけるあいだ、とくにやることのない俺は森の中を散策することにした。


 エスティカによれば、このあたりは「紫衣しえの森」と呼ばれているらしい。

 危険な動物や魔物(!)はいないが、とにかく広く、鬱蒼としてるので、人間はほとんど立ち入らないという。

 地球の二十五倍という広大な地表を持つこの星では、似たような未開の地がたくさんあるらしい。

 というより、大部分が未開の地で、その合間を縫うようにして人間の生活圏があるのだという。


「このキノコは食えるんだったな」


 俺はエスティカに教わった通り、食べられる野生植物を探している。


 なお、今「キノコ」と言ったモノだが、しいていえばキノコに似てるかなといったところで、シダ植物の胞子嚢を大きくしたような外見をしてる。

 正直、見た目からして食欲がわかない。


 他にもどんぐりのような木の実やピンク色のキウイみたいな果実、紫キャベツによく似た野草などを採取する。


 森の光景はどこまで行っても似たり寄ったりだ。

 空間認識力が高い俺だから迷わないが、一般人だったら自分の居場所や方角をすぐに見失ってしまうだろう。

 大きく赤い太陽の光はぼんやりしてるので、高い樹冠とあいまって、森の中で方角を確かめるのは難しい。


「これは食えんのかな?」


 バナナっぽい房をもぎ取りつつ、俺はツルギの隠れ場所に戻る。


 念のため、あれから隠れ場所は移動した。

 ツルギも歩くくらいならなんとかなるからな。


 捕らえた騎士たちも連れてきた。

 今は薬物で眠らせてる。


 俺は、昇降ワイヤーを使ってコクピットにのぼり、


「――なあ、エスティカ。こいつは食え――」


 言いかけて、俺はおもわず凍りつく。


「き、きゃあああ! セイヤさま!? あの、その……!」

 エスティカは、コクピットにあった予備のパイロットスーツに着替えようとしてたらしい。

 両足をももまで通し終えた状態で、胸と尻を細い腕で隠そうとしている。

 通常、パイロットスーツの下にアンダーウェアは身につけない。

 着替えかけのエスティカは、当然ももから上が全裸なわけで……。


「す、すまん!」


 俺はあわてて後ろを向く。


「い、いえ、私も不注意でした……」


「おい、クシナダ! 着替えてるならそうと言え!」


『すみません。リミッターの検証に没頭していたもので……』


 クシナダが、心あらずな感じでそう答える。

 計算リソースを秘術の解析に集中してるようだ。

 優先順位としてはまったく正しい。

 俺がそうしろと言ったんだしな。


 うっ……視界に焼きついちまった……。


 改良人間である俺もは、瞬間像を記憶する能力がある。


 エスティカの身体はちょっとした芸術品だった。

 日焼けしてない白い肌。

 ギリギリまで細くて薄い身体。

 くびれから胸にかけての優美な曲線。

 うっすらと浮かんだあばらや鎖骨。

 紫がかった銀色の髪が、きゃしゃな身体を縁取っていた。

 妖精というものが実在したら、きっとこんな身体をしてるんじゃなかろうか。


「わ、忘れてください……」


 蚊の鳴くような声でエスティカが言う。


「お、おう」


『セイヤは一目見たものは絶対に忘れませんよ。遺伝子改良に加え、そういう訓練を受けてます。』


「おい、空気読め!」


 上の空でいらん補足をしてきたクシナダにそうつっこむ。


「と、ところで、なんでパイロットスーツに?」


「その、元の格好では森での活動に不都合があるので、クシナダさんが予備のスーツに着替えたらどうかと提案してくださったんです。それに、ツルギが動くようになったら、コクピット内で強力な慣性を浴びることになるから、スーツを着ないと危険だと」


 言われてみれば正論だ。


「予備のスーツを積んでおいてよかったな。スーツは繊細なシロモノだから、ツルギの自己修復機能で生産するのも手間がかかるし」


 スーツ内で水分を循環させ、二酸化炭素を分解して酸素を作り、人間の老廃物や排泄物を吸収・分解して衛生状態を保つ――そうした死活的に重要な機能には、生物由来のバイオマシンが用いられている。

 単純な機械や合金、化学物質などとはちがって、構造図から簡単にプリントアウト……なんてわけにはいかないのだ。


「でも、このスーツは女性用……ですよね? 私が着てよかったんでしょうか」


「いらん気を遣うな。お姫様を敵の拠点から助け出すようなことがまた・・あった時に備えて積んどいたもんだからな。エスティカが着るならちょうどいいさ」


「そ、そう……ですか」


 気を遣わせないように言ったつもりだったが、どうも逆効果だったみたいだな。

 分析しにくい、複雑にこみいった精神波が伝わってきた。


「それにしても、セイヤさまはしっかりされていますね。私などよりよほど。年齢は私のほうが上でしょうに」


「ん? ああ、そうか。エスティカがそう思うのも当然か」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る