10 銀月の姫

「っと、そろそろ吸っとくか」


 俺はパイロットスーツの収納からタバコのようなものを取り出し、口にくわえる。

 酸化剤付きの「タバコ」は、強く吸い込むだけで火がついた。

 薬物が血中をめぐり、昂ぶった神経を落ち着かせる。


 ……というとなにやらいかがわしいが、この「タバコ」に害はない。

 そもそも、厳密にはこれはタバコじゃない。

 改良人間用の鎮静剤だ。


 改良人間は神経系の活動が活発すぎるため、こうして定期的に鎮静剤を摂取する必要がある。

 「タバコ」は再利用が可能で、スーツの収納に入れておけばスーツ内のバイオマシンが自動で鎮静剤を合成してくれる。


 「タバコ」を吹かす俺に、お姫様が近づいてきた。


 お姫様は深々と頭を下げる。


「~~~~、~~~~~~」


『『危ないところを助けていただき、ありがとうございました』でしょうね。』


「しつけのよろしいことで」


 俺は、あらためてお姫様を観察する。


 女性としては背の高いほうだろう。

 地球人より火星人に近い体型だ。

 全体に、ほっそりしてて色が白い。

 年齢は、地球の暦で二十歳くらいってとこか。


 ……地球暦ね。

 いまさら変えるのも不便ってことで火星でも使ってたが、独立したら火星暦を作るってキリナが言ってたっけな。


 火星人の多くが火星適応化マーズアダプテーションを受けて生まれてるとはいえ、人類の起源は地球である。

 時間感覚などは地球に合わせたほうが実用的なのだ。


 やっぱり、よく似てるな。


 目の前のお姫様とキリナが、だ。

 育ちの良さと芯の強さが調和してる感じがよく似てる。


 もっとも、キリナは金髪で、お姫様は紫がかった銀髪だ。

 ともに腰まで届く長髪だが、見た目の印象は真逆に近い。


 ありていに言えば、太陽と月。

 火星をまとめあげる太陽だったキリナに対し、目の前のお姫様は、恒星の光を反射して輝く月のような風情がある。

 触ったら崩れてしまいそうな妖精のような儚さは、気の強いキリナにはなかったものだ。


 それにしても、変わった衣装だな。


 服というより、衣装といったほうがふさわしいだろう。

 薄い布や絹、さらには透明に見える謎の布を幾重にも重ねたような出で立ちだ。

 色はベージュとうす紫。

 銀糸で精緻な刺繍が施されてる。

 俺の貧困なボキャブラリーから当てはまる言葉を探すなら……


 ――巫女、だな。

 キリナが見せてくれた、キリナの母方の祖先ルーツだっていう地球の旧国家の巫女に雰囲気が似てる。


 氏神を祀る神社シュラインの女助祭。

 あれは白衣びゃくえに緋袴だったが、目指す方向は同じだろう。

 実用性を捨て、神聖性を演出することに特化してる。


「ええと、行きがかりで助けただけだ。気にするな」


 感情波を交えてお姫様に言う。


 ……それにしても、言葉が通じないのは不便だな。


「クシナダ。言語の解析は?」


『進めてはいますが、数日はかかるでしょう。教材が少なすぎます。』


「じゃあ、お姫様やそこの騎士となるべくしゃべって解析するしかないか」


 感情波では、大雑把な雰囲気は伝わっても、細かい機微は伝えられない。

 表情やジェスチャーで伝言ゲームをやるのと、能率で言えば大差はないともいえる。

 疲れる分、かえって効率が悪いくらいだ。


 そう思ってると、お姫様が顔を上げた。

 何かを言ってから、両手を胸の前で向かい合わせにし、ゆっくりとそのあいだを広げていく。


「……なんだ?」


 お姫様の手のひらのあいだから、感情波を感じた。


 それも、ただの感情波じゃない。

 感情波が渦を巻き、徐々に形を整え、整然とした構造を作っていく。


 その意味が、直感的にわかった。


 こいつは――


「~~~~っ!」


 お姫様が短く叫ぶとともに、構造化された感情波が弾けて消えた。


 お姫様が、額に汗を浮かべてほほえんだ。


「――これで、言葉が通じますよね?」


 お姫様の言葉に、俺はあんぐりと口を開けていた。

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