03 未知の惑星(1)
目が醒めると、俺は薄暗いコクピットの中にいた。
「う……どうなって……?」
コクピットの全周ディスプレイが消えている。
俺はパイロットシートに固定されたまま気を失っていたらしい。
「ははっ……あの状況で生き残ったのか? まちがいなくお陀仏になったもんだと思ったが」
改良人間である俺は、感情の切り替えが自然人より早い。
状況把握の時間解像度・空間解像度がともに高く、自分が置かれてる状況を見失うことは滅多にない。
火星人が、地球圏からの独立を勝ち取るために培養した強化人間――それが俺だ。
もっとも、戦うために生み出された俺に、人間としての価値を見出してくれたやつらもいる。
改良人間であることに、劣等感や、それと裏返しの歪んだ優越感を持ってた時期もあった。
しかし、「改良」されてようがなんだろうが関係ない。俺も結局は「人」なのだと、キリナや戦友たちが教えてくれた。
「おい、クシナダ! 状況を報告してくれ!」
俺は機体のAIに呼びかける。
――返事がない。
「おい、おい、クシナダ!」
だめだ。
クシナダのインターフェイスがいかれてる。
――中枢部分まで壊れてないといいが……。
いや、独立戦争は、エンケラドスの陥落で終わったはずだ。
敵との戦いに備える必要はない。
もしクシナダに問題があったとしても、回収してもらえばすぐに直せる。
たとえもう戦う必要はないのだとしても、歴戦の相棒を眠ったままにしておくのは忍びない。
そのくらいの贅沢は、キリナなら笑って許してくれるだろう。
「戦争は終わった……か」
戦いに備える必要がない。
まことにけっこうなことだ。
だが、俺には「戦いに備えていない」状態というのがよくわからない。
俺は、戦いに備えて生み出され、戦いに備えて生きてきた。
「そうだ、プロポーズをしないとな」
そのためには、まずは無事に火星に帰る必要がある――母なる赤い惑星へ。
「そのためには、状況の把握だな」
なんだ、戦争中と変わらないじゃないか。
俺はシートとパイロットスーツの固定具を手動で外し、ひどく開けにくいコクピットの開口部を、シート下に格納されてたクランクを使ってこじ開ける。
がこん……と、重い音を立ててコクピットが開いた。
「んだ、こりゃあ?」
俺は、目にした光景にとまどった。
薄暗く、赤い空。
その下には、果てしなく続く鬱蒼とした紫色の森のようなもの。
「エンケラドスは氷惑星だ。でも、惑星学者の期待に反して、生命の存在は確認されなかった」
連邦が秘匿してた可能性はないこともないが、それにしたって、地表にこんな森があったら決戦の時に気づいたはずだ。
「それに……
俺は目をすがめて、薄暗く赤い空に浮かぶ、巨大な円をにらみつける。
赤褐色で薄暗く光る球体は、前に伸ばした俺の腕の、手のひらくらいの大きさがある。
「地球は火星より太陽に近い分、太陽が大きく見えるわけだが……そんなレベルじゃねえぞ」
火星から見えるフォボスとダイモス。
地球から見える月。
いずれも、あんなに大きくはない。
いや、そもそも、土星の衛星であるエンケラドスから見える太陽は、火星より小さくなるのが当然だ。
「空は赤いが……火星の空の赤さとも違う。地球の空は青いはずだ。いや、夕焼けは赤いんだったか? いや、もっとこう……そうだ、キリナの言う『茜色』ってやつだったはずだ。こんな色じゃない」
だいいち、今見えてる「太陽」は高い位置にある。
火星や地球の感覚で言えば昼のはずだ。
「ま、要するに、だな。うーん……俺は正気なのか? そんなバカなこと、あるわけがないんだが」
戦闘中は即断即決の俺も、断言するのに躊躇がある。
だが、否定することもできないだろう。
「ここは、火星でも地球でもない。どこか別の惑星だ……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます