01 火星の喪(1)

 火星の空に掲げられた紅い軍旗には、金の刺繍で縫い取られた四文字のアルファベットが輝いている。


 M.A.R.S.


 Mebius Actuator ResimentS of mars.


 ――すなわち、火星メビウス・アクチュエータ連隊群。


 それが、火星人類滅亡の危機を、多大な犠牲を払って阻止した英雄たちの名前だった。


 その多くは宇宙の塵と化して、一握の遺骨すら残っていない。


 数えきれないほどの空の棺の行列が、火星第一の都市アルカディアⅣの大通りを進んでいく。


 沿道は赤い喪章を付けた市民たちであふれかえっていた。


 彼らもまた、身近な人たちを亡くしている。


 地球連邦のサターン作戦によって、火星には人工の隕石が降り注いだ。

 この人類史上類を見ない蛮行によって、火星人の実に三割が命を落とした。

 未だに火星では異常気象が続き、いくつかの都市は放棄を選ばざるを得なくなるだろう。


 そんな状態から奇跡の勝利を収めることができたのは、ひとえにM.A.R.S.のパイロットたちの奮戦による。


 M.A.R.S.は、火星で独自に発展した汎用人型ロボット、メビウス・アクチュエータのみによって構成される特殊軍だ。


 地上ならともかく、宇宙での戦闘で人型であることがなんの役に立つのか?

 ――そんな議論も当初はあったし、地球連邦にはいまだにそう主張する軍人や科学者たちもいる。


 だが、単独で宇宙を駆け、標的を強襲して破壊するM.A.R.S.の超機動戦術は、地球連邦の数的・戦略的優位を覆すほどに効果的なものだった。


 M.A.R.S.は、多大な犠牲を出しながら、地球衛星軌道上のコロニーや宇宙工廠を破壊し、アステロイドベルトにあった連邦の資源基地を強奪し、そして最後に、土星のリングにあったサターン作戦の実行基地を、土星の衛星ごと粉砕した。


 その結果、大総統ザメール・グスタフを失った地球連邦は、全面降伏を申し入れた。


 火星はついに、悲願であった地球からの独立を勝ち取ったのである。


 しかし、その代償は大きかった。


 空の棺たちが、次々と広場に運びこまれ、整列していく。


 赤い空の下に整然と棺の並ぶ光景は、地球人が見れば地獄のようだと言うかもしれない。


 だが、火星人にとってはこれこそが日常なのだ。

 赤い空も、数多くの棺も……。


 広場に設けられた演壇に、まだ歳若い女性が現れた。


 二十歳くらいだろうか。

 明るい金髪と整った顔立ち、白い肌と高い背。

 典型的な火星美人の特徴だ。


 それだけに、彼女のまとう赤一色の「喪服」に――いや、それ以上に、憂いと悲しみに満ちたその表情に、火星の市民たちはおもわず息を呑んでいた。


 彼女はそのまま、十分じゅっぷん以上、言葉もなく、ただ演壇に立っていた。


 だが、それを非難するものは一人もいない。

 身体に「火星の赤マーズ・レッド」を身につけた市民たちも、彼女と同じく、突然訪れた平和にただ呆然と立ち尽くしている。


 女性が、ようやく口を開いた。


「火星市民のみなさん。……私には、もはやこれ以上何も言うことがありません。涙はとうに枯れました。こうして演壇にのぼってみても、弁舌を振るう気力すら湧かないのです。今日はただ、火星のために死んでいった英雄たちのために、ただ、静かに祈りましょう」


 彼女は消え入るような声でそれだけを言うと、演壇からよろけるような足取りで降りていく。

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