Prologue(2)

『警告。ツルギは耐久可能な量を超えた放射線にさらされています。現在の宙域から至急退避を。』


「アホか! こんなチャンス・・・・を逃せるかよ! ソーラーセイルを開いて核爆発で加速しろ!」


 俺の指示に、クシナダがつかの間黙りこむ。


『ラジャー。どちらにせよもう逃げられませんからね。』


「おまえもあきらめがよくなったじゃねえか!」


 ソーラーセイル――ツルギの背部に付けられた太陽帆が展開する。

 ソーラーセイルは、太陽の発する電磁波を受け止め推進力に変えるための装置だ。

 火星からここまで、ツルギはこのソーラーセイルを開いて単独で飛んできた。

 三対の翼からなるソーラーセイルは、そのそれぞれがビームセイルを展開することで、太陽の電磁波を捕まえ、推進力に変える。


 赤と黒で統一されたツルギの機体デザインとあいまって、その姿はまるで死をまく悪の堕天使のようだ。


 展開したソーラーセイルは、核爆発の衝撃を前方への推進力に変えた。

 もちろん、デタラメな運用だ。

 ツルギの整備責任者が見たら卒倒するにちがいない。


『ソーラーセイル、長くはもちません。』


「しばらくもてば十分だ!」


 俺はツルギを駆り、ガヴリエルの対空弾幕を薙ぎ払って進む。


 ガヴリエルの乗員たちの発する恐慌が、俺の精神をダイレクトに揺さぶってくる。


 ――こいつらが悪いんだ! 土星のリングを漂う岩塊を核ロケットで加速して火星に落とす――それが人間のすることかよ!


 連邦のサターン作戦で、火星は壊滅的な被害を受けた。

 犠牲者の数は四億人。火星の人口の三割にものぼる。

 俺に家族はいないが、あの攻撃で大切な友人を何人も亡くしてる。


 事前情報によれば、旗艦ガヴリエルには、連邦の司令官ザメール・グスタフ大総統が乗っている。

 グスタフは、地球人のあいだに憎悪を煽り、サターン作戦を主導した張本人だ。

 絶対に、逃すわけにはいかなかった。


「くらえええええっ!」


 俺は背中から荷電粒子対艦刀を抜き放ち、最大出力で起動する。

 対艦刀は、メビウス鋼の刀身だけで7メートル。ビーム刃まで含めると、刃渡り10メートルをゆうに超える。


 長大な対艦刀を、ガヴリエルの船腹にえぐりこむ。

 対艦刀を刺し込んだまま、ツルギのバーニアを全開に。

 対艦刀が巨鯨の臓腑を切り裂いていく。


 艦からは、人が死の間際に発する、強烈な負の精神波が伝わってくる。

 ツルギが艦を切り裂くとともに、艦に乗り込んだ地球人が、秒間何十人ものペースで死んでいく。


「いまさら……止まれるかよ!」


 命を背負ってるのはこっちも同じだ。

 グスタフをここで逃せば、もっと多くの火星人が死ぬ。

 艦内の阿鼻叫喚を無慈悲に斬り裂き、俺はグスタフがいるはずの艦橋に迫る。


 だが、


「なんだ⁉︎」


 違和感があった。

 艦橋からも、精神波が伝わってくるのは変わらない。

 しかしそのなかに、高笑いする人間の気配が紛れてる。

 伝わってくるイメージは――


「まさか――くそっ、正気かよ⁉︎」


 俺はあわててガヴリエルからの離脱を図る。


 直後、俺の視界が真っ白に染まった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る