縺れた縁
燃やした
自分を見上げる茜色の瞳に、心が燃えた。熱かった、熱かった、頭が焼けておかしくなりそうだった。
主の言葉に間違いはなかった。“あれ”は、彼を狂わせる。
だから燃やした
「は」
“あれ”が見つめていた男が笑う。もう灯の命で、彼に刀を向けながら。
「はははっ」
これは不快だ。不快だ。“あれ”と同じように、否、“あれ”よりも
「火神の代理人が、己が火の何たるかも理解していないとは」
炎が照らした黄金色の髪。いつか、いつか、遥か昔に見た何かが、心をよぎって
「哀れだな」
――――無理だ
「お前に、あの子の相手は千年早い」
――――お前らに、彼女が救えるものか
「出直せ糞餓鬼」
燃やした
天を彩る花火をかき消す音と共に、宮が崩れ落ちた。それが“月長宮”と呼ばれていることも、第三皇子の住まいであることも、彼は知らない。
知る気もない。必要がない。主の望みを叶えれば、
「おい」
思い出が焼けて、生き物の悲鳴が響いて
「おい!」
どれほどの命が失われようとも、彼は
「おい!いい加減に火を治めろ!
背に走った衝撃に思わずたたらを踏む。一帯を燃やしていた炎が消え、月と星の光が場を照らす。
夜の帳の中でもはっきりとわかる、夕日よりも赤く血よりも鮮やかな、炎を形にした赤い瞳が同胞をとらえた。
彼と同じく神に貴色を許された、神の代理人。太陽の光を映した金の髪を持つ男女が三人、ふわりと風を起こして地面に降り立つ。
「うわぁ、ぐちゃぐちゃだねぇ」
すごい、すごい、とはしゃぐ様な声に不謹慎だと鋭い声が飛ぶ。だがはしゃぐ青年は反省した様子もなく、首を傾げる。
「えぇ?すごくない?千尋がここまで怪我したことなんてなかったじゃん」
駆け寄ってきた青年の橙色の瞳が、千尋の体をざっと確認する。
「右足ダメになっちゃってるねぇ、左腕は・・・あ、あったあった!綺麗に吹っ飛ばされてる!何回斬られたの?あーあ、もう服の色か血かわかんないね。千尋相手にここまで戦えるなんて、ほんとに強かったんだ」
ほらほら、と楽し気に指をさす青年を押しのけて、小柄な少女が目を吊り上げた。瞳と同じ
「ふざけてないで早く拾ってきてください!千尋、すぐに治しますからね」
少女が手をかざすと瞬く間に傷が塞がり、腕が繋がる。命が焼き尽くされた中、周囲の惨状には目もくれず、少女と青年は安堵の笑みを浮かべた。
「・・・おい、あれ朽葉の当主だろ。月長宮の侍従だ、なんで殺した」
そして一人。三人から少し距離を置いた場所で千尋―――火の
だが同胞たちには、彼の嫌悪は伝わらない。常日頃から不機嫌な青年への慣れ、生い立ち、理由は様々だが、青年の方も今更同胞の理解は期待していない。それでも、表に出さなければ収まらなかった。
「ちっ、だんまりかよ」
一方、火の巫は沈黙を返した。主は同胞へ命を下さなかった。他言無用とも言われていないが、不明瞭なことは口に出来ない。なにより、命令を達成できたか確認が出来ていない。
「ああ、いい。お前は人形だ。どうせまた誰かの命令なんだろう」
馬鹿にしたような冷ややかな笑みに、千尋を治療していた水の巫が眉を吊り上げた。だが彼女が青年、風の巫に噛みつく前に、地の巫がさっと手で口を塞ぐ。
「周囲を見てきたが、第三皇子はいない。噂の護衛もいない。あっちに倒れていた襲撃者には刀傷だけだから、倒したのは朽葉だろう。この木偶人形は燃やすしか能が無いからな」
何も言わない火の巫、口を塞がれた水の巫に代わり、地の巫が視線を向ける。彼の方からは焼けた部分しか見えないが、朽葉の当主と呼ばれた男が倒れた地面には、赤い血がしみ込んでいた。そして火の巫の足元には血がついたままの短刀が落ちている。火の巫が先代から譲り受けた、護り刀だ。
「千尋も刀は抜いたみたいだけど?」
「こいつは短刀しか持ってないだろ。どうせ油断して懐潜り込まれたから、燃やすに燃やせなくて刺したってとこだ。他の刀傷は長い得物で斬られてるからこいつじゃない。
だとしたら一番あり得るのは襲撃があって、皇子と護衛は逃走、朽葉が
決めつけるような言い方に、水の巫は口を塞ぐ手を振り払い、庇うように火の巫の前に出る。
「彼を侮辱するのはやめなさい!
「これの手足ぶっ壊した人が、お荷物付きの護衛を逃がすと思うか?」
擁護を冷たく切り捨て、風の巫は真っすぐに火の巫を見据える。普段は無感情な赤い瞳が、彼の背後、朽葉の当主に向くたびに炎がちらつく。これは異常事態だ。
「だいたい、この阿呆人形が突然外に出たいと言い出したところから胡散臭い。それで決まった巡行を放り出して、真っすぐ向かったのが
ぶわりと風が渦を巻く。緑玉色の瞳が輝いた。
「声を拾っていた俺でさえ、何も気づかなかった。助けたというなら、どうして気づいた?気づいたなら、なぜ自ら助ける?命じられなければ何も出来ないお前が」
火の巫は指先を動かした。動く。動けるならば、命令を完遂しなければ。同胞の相手をする時間はない。
赤い瞳が煌いた。あちゃあと地の巫が眉を下げ、風と炎がぶつかる前に、
「――――なんだ、ちゃぁんと頭がついてるのもいるじゃないか」
四色の瞳が一点に向けられる。声を発するまで、誰も気が付かなかった。
「あーあ、うちの子こんなにしてくれちゃって」
倒れた朽葉の当主の傍ら、黒一色の袴姿の男が立っている。月光の下で輝く黄金の髪は、陽光を紡いだ彼らよりは鈍い、銀杏色。
「うちのご主人様からの伝言だよ、お嬢ちゃん、お坊ちゃん達」
とんっと、男がつま先で地を叩いた。影が大きくうねり、朽葉の当主の体をごくりと飲み込んで、
「今度こそ、あの子を傷つけた代償を払ってもらう」
にまりと瞳を三日月に歪め、男は消えた。
あっという間の出来事に、誰もが行動と思考を止める。いち早く我に返ったのは、風で麓の声を拾った風の巫だ。半分外宮とはいえ、白夜城内の山が燃えたのだ。神使府衛士、兵部、多くの人間がこちらに向かってくる音がする。
「・・・くそ。おい、何を命じられたか知らんが、動くな千尋。お前が起こした騒ぎだ、お前が始末しろ」
どこかへ移動しようとした火の巫を制止する。月長宮が燃えただけでも大事なのに、彼らは巡行を放り出して来たのだ。神使府の稀人が幻をつくり、偽の四巫が巡行は滞りなく行っているが、上層部には事情を問いただされるに決まっている。短時間で建前と警備計画と巡行計画を捻りだしてくれた神使四家からも、小言という名の説教と苦言をもらうに違いない。それに訳も分からず巻き込まれるなど、まっぴらだ。
そこは同意見なのか、地の巫も腕を掴んで止めた。水の巫だけは、彼の体を案じる言葉をかけているが。
近づく大勢の足音に、風の巫は天を仰いだ。
「沙羅さんになんて言えばいいんだよ」
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