□□□の記憶




寝息が聞こえる。視線をやると、隣の布団に入った女はすっかり寝入っていた。

気配を殺して布団から這い出て、部屋を出る。


廊下は冷やりとしていた。白い息が夜風に流れ、ふるりと体を震わせる。


慣れるまでは、と相談役となる女と同じ部屋で寝るようになってふた月。満足に眠れた日はなかった。

見知らぬ人間と同室で、それも二人だけで、眠れるわけがない。

だがそんなことを言って、面倒だと放り出されてもたまらない。だから毎晩抜け出して、独りになれる場所を探す。今日もそうしようと、屋敷を歩き回って



「―――?」


見つかってしまった


「こんな夜更けにどうした?」


何でもない、と逃げればいい。散歩だと誤魔化せばいい。けれどこの枯葉色の目に見られると、嘘がつけなかった。


『大丈夫だ』


この人は、


『君が望むなら、俺が出来ることは全部してあげる』


私の願いを大事にしてくれたから。だから、嘘はつきたくなかった。


「・・・眠れない」

「そうか」


あの人は少し考えて、今しがた出てきた部屋の襖を開けて


「それなら、少し手伝ってくれないか?」




部屋の中は暖かく、明るかった。蝋燭とは違う、硝子の中に光がある。


「ランプというんだ。灰古かいこたちは覚えているか?彼らが作ったものだよ」


夜なのに、昼みたいに明るい。その輝きに今は少し、安堵して。

誘われるままに部屋に入った。


「なにをすればいい?」

「そこに座って。ああ、これも持っていてくれ」


ふかふかとした座布団に座らされ、羽織をかけられる。先ほどまで彼が着ていたそれは、まだ暖かかった。


「暖かすぎて眠ってしまいそうだったんだ。今夜中に終わらせたい仕事があるから、俺が眠ってしまったら起こしてくれないか?」


頷くと彼は頼んだ、と笑って机に向かった。それを少し後ろから眺めながら、彼女は抱えた膝に頬をついた。

真剣に向き合う眼差しは鋭くて、眠そうには見えない。


・・・嘘つきだ


でも、こんな嘘は初めてだ。騙されたのに、暖かい。



それから彼の傍で眠るのが当たり前になって、結局、部屋まで移動したのは数日後の話






彼と彼女が過ごした、初めての冬の話だ





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る