桜。牛。血の色。
この春、
生きていたが死んでいた、とされた。
生まれつき色が薄い妹はその白さを際立たせる白無垢を着せられていた。
この年の神への花嫁として白無垢で棺に入り、埋められるのだ。
清らかな身体には冷たい空気の層が重ねられていた。
「怖くはないのかい、安寿」
「ありません、兄様」
心臓を守る如く重ねられた掌。
美しいかんばせには化粧気はない。眼のみが紅く縁どられる。
灰色の髪が二房に左右に編まれた。
白い木棺がまずあり、そこに桔梗や山吹や撫子など色の目立つ花が敷きつめられた。
その上に白い安寿が寝かされた。
更に白紙で折られた鶴で、見送る人達に飾られていく。
鶴は千代の兆し。
死んだ安寿は故郷を千代、見守ってくれ、と祈られるのだ。
五穀豊穣。
無病息災。
神社は桜の蕾がほぐれようとしている。
それよりも早く安寿のこめかみより生えた、左右の桜の小樹が数多の淡い花を咲かせていた。
前髪を割って、少女のこめかみより太くねじれた赤い幹。
根付いた、髪飾りの如き赤い桜は神牛の角の様でもあった。
「はて。これは困った」
今更に
木棺の中につつましやかに納まった
白い枠よりはみ出し、これでは蓋が閉められない。
安寿が死なされた意味である小樹の桜は、彼女の意義を裏切って、育ちすぎていた。
蓋を工夫するのは儀が進みすぎてもはや出来ない。
これまでの花嫁は花開けど桜は小ぶりだった。
何ゆえ、今年はここまで大ぶりなのか。
閉じようと重い蓋を持ち上げた六人の
キャー☆
とうとう、私が土地神様に嫁ぐ日が来たのね。
何ていうか、私はこの日の為に生まれ、生かされてきたんだからね。
やっと宿命の日が来たのね。永かったわー。
この美しい私が死ぬのは世界の損失だけど、美人薄命っていうし仕方ないわね。
あれ、佳人薄命だっけ? まあ、どっちでもいいわね。
平凡な一生より、一六年間の伝説。
これこそ私の心構えよ。
「怖くはないのかい、安寿」
「ありません、兄様」
怖い事なんかあるわけないじゃない、兄様。
何てったって神様の花嫁よ。
ハ・ナ・ヨ・メ!
最強
人生の絶頂たる日に、他の美少女が出来ない超絶頂の最期を迎えられるのよ☆
美少女いけにえ人類の勝ち組、いぇーい☆
頭に桜の芽が根付いていたなんて、偶然だか宿命だかよく知らない生まれつきの
もともと他の子と遊ぶなんてわずらわしかったから、部屋から出してもらえなくても読書三昧でむしろよかったわ。
あー、人生を堪能した。
……それにしてもよく育ったわね、私の頭の、桜の木。
か弱い美少女という自分の脳内設定にしたがって、食の細さをアピールしていたけど、実は毎食デザートに苺大福を三つ食べてたのよね。
ちょっと体重が心配だったけど、私自身が太る代わりにその分、桜が育ってくれて……すっごく立派になってくれたわ。
ありがとう、桜さん。
苺大福を食べる度にあなたがすくすく大きくなってくれて、もうこんなに育ったわ。
私を飾るのは立派な赤い桜。
何処に出しても恥ずかしくない私だわ。
「はて。これは困った」
え、何? 何が困ったの。
頭の桜が大きすぎて棺に納まらない?
そんなの今更、言い出さないでよ。
ちょっと、この桜は私の存在意義なのよ。
もっと棺を大きく作っておくか、形を工夫しておいたらよかったじゃない。
蓋が閉じられないなんて言われても、困るのは私よ。
もう私は覚悟完了してるから、神様との婚儀をおりるつもりはないわよ。
まさか桜を切るなんて言い出さないでしょうね。少しだけど痛覚があるんだからね。
え、何? 無理やり曲げて納めるつもり?
ちょっと待って! マジで痛いわ!
無理無理無理無理無理……!
痛い痛い痛い痛い痛い……!
もげるもげるもげるもげるもげる……!
桜が折れるって! 折れたら元も子もないじゃない!
それじゃこめかみから桜がもげるわよ! ああ、花が傷む!
あ、枝がちょっと折れた。
血が滴るわ。この桜の木の赤は、私の血の赤だったのね。すると花の桜色は、血を淡く吸ってるのね。
それはともかく、どうやら枝にお湯をかけて無理やり柔らかくするみたい。
そうそう。私が火傷しないようにゆっくり温めてね。
煮込み桜ね。ああ、もう力技で枝を曲げて棺の中に桜を押し込んだわ。
やればやれるもんだけど強引すぎるじゃない。
形も窮屈で花も乱れ、何というか、淫らなくらい無様だわ。
……。
棺の蓋が閉じられる。全てはぬばたまの闇。
やがて私は埋められる。
でも神様が怒って今年に凶事が起こっても私は知らないわよ。
何てったって、私は婚儀の[[rb:最中 > さなか]]に傷物にされたんだからね!
出来るもんなら散らした血を返してちょうだい!
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