ダメサンタと、トナカイのヨタロウ

 常冬の外は白く吹雪いている。

 家は暖炉が空気を暖め、壁や天井には緑や赤や金色の木製歯車があるが、もう不思議なカラクリを動かしていない。

 一二月の夜。吹雪がやまない平原にポツリ建つメルヘンチックな木の一軒家で、ボサボサの白髭を生やしたサンタクロースが一升瓶を片手に酒を飲んでいた。

 皆はサンタクロースが世界に一人だと思っているだろうか。

 勿論、世界中の子供に一夜でオモチャをプレゼントする仕事となると、超特急でも一人ではまわれない。

 だからサンタは一人ではないのだ。

 何万人にも及ぶ大集団ともなると、毎年の活躍がかんばしくない者も出てくる。

 その常連であるダメサンタは去年に二〇年連続NORADのサンタ追跡レーダーに捕まるというワースト記録を作り、素行の悪さもあってサンタクロース・ギルドからの活動助成金を打ち切られてしまった。

「てやんでぇ、これじゃろくなオモチャが用意出来ねえ」

 一升瓶をラッパであおって、ダメサンタは酒臭い息を吐く。

「……とにもかくにも今年もやるなら自前でオモチャは調達しねえとな」

 ダメサンタが家の中を見回せば、くつろいでいた家中のトナカイ七頭がさりげなく眼を反らした。

 ただ一頭だけ眼が合う。

 床にじか座りして積み木で遊んでいるトナカイのヨタロウ。赤い鼻の間延びした風貌。頭が悪く見えて、確かにその通りだった。

「……お前でもいいか。ヨタロウ、ちょっとしたサンタクロース・サミットをタイマンで開こうや」

 一旦腰を上げたダメサンタが、よっこいしょとヨタロウの正面の床に腰を下ろす。

「というわけでうちのオモチャ調達資金がエンプティとなった。どうにかして代わりを考えろ」

 いきなり無茶を言うダメサンタ。

 えーと、とヨタロウは考える表情を作った。

「今、世間では少子高齢化の影響で健康製品が売れてるみたいです」

「子供相手の商売じゃねえ気がするけどな」

「あと異業種コラボというのが流行ってるそうです」

「ま、確かにコラボはやってるな」

「で、健康にいいと言われる水素スイと……」

「いいかなぁ?」

「同じく健康にいいといわれる活セイ酸素をコラボして作った……」

「いや、身体が酸化するから悪いんじゃねえかな?」

「過酸化水素水~!」

「劇物じゃねーかッ!! あと何で大山のぶ代みたいな声になるんだ!?」

 ダメ出しをするダメサンタを前に、ヨタロウはもう一度考える。

「マヒナスイオンとテヌラ缶を組み合わせて……」

「いきなり胡散臭いな」

「光触媒で空間除菌をした……」

「それ自体はまともなんだが空間除菌って言われると嘘くさくなるよな」

「過酸化水素水~!」

「だから何でそれが出てくる! 第二次大戦のロケット戦闘機か、てめえは!」

 ダメサンタとヨタロウは見つめ合う。

「…………」

「…………」

「過酸化水素水~!」

「ストレートに出してくるのはやめろ! 過酸化水素水業界から幾らもらってるんだ、てめえは!」

「じゃあ、雪ダルマなんかどうでしょう。材料は外の雪が無尽蔵にあるからタダで出来ますよ」

「ありゃ、もらうんじゃなくて作るのが楽しいんじゃねえのか? ……まあ、他に妙案もねえならそれでいくか」

 トナカイは八頭そろってダメサンタと一緒に吹雪く外に出た。

 めいめいに大シャベルを使って雪かきをし、白い雪を小山の様に集める。

「材料集めは順調だな。もう少し集めよう」

 ダメサンタとヨタロウが家から少し離れた所まで雪かきにおもむくと、途端に吹雪が強くなってきた。

 ホワイトアウト。吹雪が壁の様になり、ダメサンタとヨタロウは景色が全面白一色となって自分達の位置を見失った。

「おわぁ~!」

「あれぇ~!」

 ダメサンタとヨタロウは坂道に積もった雪を踏んで転び、崖下まで大量の雪と一緒に滑り落ちていった。

 固い地面へは雪がクッションになったが、一人と一頭は雪の下に深く埋もれた状態になった。重い雪に動きがとれず、防寒具と茶色の毛皮なのに体温があっという間に奪われていく。

「いってぇなぁ……もしかして俺達ぁ遭難したのか……」

「ソウナンですよ」

「なんかすっごく冷えてきたな。……俺達、凍え死ぬんじゃねえのか……」

「太陽ノ光ガ恋シイダロウ、ウルトラセブン」

「凍死する間際にポ-ル星人の声真似はやめろ! 微妙に台詞ちげーし!」

「レリゴー♪ レリゴー♪」

「歌うな!」

 ダメサンタとヨタロウが誰にも聞こえないはずの漫才をしていると「おーい! おーい!」とトナカイ達が捜しに来てくれた。

 全員、家の中に入り、暖房が効いた部屋で毛布にくるまっていると身体が見る見る内にぬくもっていく。

「おいらの赤い鼻がピカピカ光って、皆においら達の居場所が解ったんだね」

「いや、漫才が聞こえたからなんですけど……」とトナカイ達が得意そうなヨタロウにちょっと困った顔をしているのを背に、ダメサンタは一升瓶をあおっている。

「ひどいめにあったぜ……あち、こんな所すりむいてら。一応、傷薬には消毒液を塗っておくか」

「過酸化水素水~!」

「その為の伏線かッ! あと原液を塗ろうとしてんじゃねえ! 薄めろ!」

「でも最近の医者はその程度の傷には消毒液を使わないですよ」

「……いきなり真面目になるな」

 こうして雪ダルマを大量生産したダメサンタ達は、クリスマスの夜に車体より大きく山ほど積んで、さっそうと空飛ぶソリで飛び立った。

 暗い夜の雲海からトナカイ達は金の粉降る町へと駆け下りていく。

 ダメサンタはクリスマスの夜に寝ている子供達に懸命に雪ダルマのプレゼントを配った。

「いやぁ、今年のクリスマスは何とかなったな! 礼を言うぞ、ヨタロウ!」

 ……………………。

 皆さん、オチの予想はついていると思いますが、配られた子供部屋は朝には融けた雪ダルマで水浸しになり、子供達の泣き声と親の怒号でそりゃあもうビッグ・フェスティバルさ。

 今年もNORADのレーダーに捕まり、ワーストサンタの活動改善はままならないままのだった。

「来年は過酸化水素水で雪ダルマを作ります」

「らねーよ!」

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