第88話 予期せぬ戦闘。

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 約28メ―トル。これが弓道でいう『近的きんてき』競技の距離。実を言いますと、わたくし三崎栞15歳。


 こういう『うんちく』に詳しくないです。そもそも『距離』を知っていたところで、結果は変わらない。


 じゃあ、なんで知ってるか。それは中学の時の部活の先輩が『うんちくさん』だったからに他ならない。


『三崎、弓道してない時でも常に28メ―トル意識しなきゃだから』


 正直言って、何言ってるのかわからない。わからないけど、言い返さなかった。


 私はスト―カ―だから『斎藤君=対象』の周辺を隈なく把握していて、計算高い私は『この先輩』の家と斎藤君の家がちょうど『半径28メ―トル』なのを知っていた。


 小学校時代ふたりは同じ登校班だった。謂わば顔なじみ。もし私が先輩に対して。


「28メ―トル意識する意味わかりません」


 などと、すかした態度をとった日には、偶然ふたり下校時間が重なった道すがら。


「斎藤、聞いてよ。弓道部うちの後輩口答えすんのよ~って言うんだけど、で、ちょ~生意気じゃない? 斎藤、三崎って知ってる? 同じクラス? うぁ…その子はやめといた方がいいかな?」


 まぁまぁある、ご近所ト―クだ。計算高い私はこの『ト―ク』の発生率を潰すために『28メ―トル』を馬鹿正直に意識することになった。すると見えてきたものがある。


『スト―キングするのは28メ―トル』に限ると。この距離はいい! 近づきたい時には早足で。離れたい時は靴ひもを結ぶ振りをすればいい。


 実に優れた距離なのだ!! そんなわけで私の中には『絶対距離』ならぬ『絶対28メ―トル』が出来ていた。


 弓道、関係ないって? それが大あり。だってが『絶対28メ―トル』なんだから!!


 私はいつもと同じように弓を構え、呼吸を整え、矢を放った。的が人に変わっただけ。しかも、この『まと』知ってる。バス停でシルちゃんを襲った連中だ。また性懲りもなく拉致しようとしてるなら――


 矢、刺さる覚悟あるんだよね?


 拉致なんて、人がしていいことじゃない。付いて来てほしいなら、相手の事情を確認しないと。


 それでお願いするの。そんな単純な人間関係『すっ飛ばす』んだから、


 人権踏みにじるヤツに人権いらんよね。人型の的よ、的。


 それに、私が着替えに行ってる間に『うちの人』、あなたなのかな?


 そうだよね、情況的に見て。事務長派。なんで、わかんないけど『こんがり』みたいだし。悔い改めたみたいだし……


 の『義理の妹』お墨付きなの私。未来の義姉になるの。つまり、あなた達が『ボロッちく』したの、私の未来の旦那様。


 うん♡ コロス。息してる程度に。何よりここ『28メ―トル』だから。


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(こう狙いが正確なら避けやすい)


 栞から放たれた矢は中友連邦ちゅうゆうれんぽう、腕利きエ―ジェント・ユニット『うみねこ』のリ―ダ―不老フロウは避けるというより、かわす感じで紙一重ですり抜けた。


(兄さん、栞さん『3度射る』って)


 囁き声で伝え『南海ホ―クス』のヘルメットを目深く被って、バットを構え正面左の敵に備えた。


 正面の敵。フロウは順一と栞に任せた。彼らの少し後方には負傷した仲間が座らされていた。


 敵のひとりが負傷してるのか、マイたんはよくわからないが、わかる必要はない。


 特にマイたんはごちゃごちゃ考えたりせず、一点突破が好みなのだ。


 栞による3射目がかわされた瞬間、順一とマイたん兄妹は仕掛けた。


 マイたんは本能で。順一は支援AI『ユリウス』の提案の元。『ユリウス』は順一に『突き』を主体とした攻撃を提案していた。


『デジタル・レイピア』の持つ武器特性は様々だが、その様々な特性が使いこなせるのは、本来の持ち主『ジェシカ・ロレンツィオ』のような手練れだけ。


 今は初心者がもっとも使いやすく、左腕が折れている順一に負担のない、高電圧をブレイド部分に発生させ、相手が触れることにより、筋肉を収縮させ行動不能にする『電撃・モ―ド』が選択された。


 レイピア本来の『突き攻撃』と触れるだけで戦闘不能になる『電撃・モ―ド』が今採用可能な中で、もっとも理想的な選択だ。


 マイたんは『左打ち』の構えで、軽くステップを踏む左側の手足が異常に長い敵の上半身目掛け、木製バットを振り抜いたと見せ掛けて、バットがガ―ドされる寸前で巧みに手首を使い、膝への攻撃に軌道を変えていた。


 手足が異常に長い『うみねこ』のエ―ジェント。油断していた訳ではないが、年端の行かない女子と頭の中何処かで思っていた。


 上半身のガ―ドが空振に終わり、更に膝に迫る木製バットを受けて、ガ―ドで凌げるほど、攻撃力が低いとは思えない。


 確実にダメ―ジを受けると見た『手長エ―ジェント』はすっと体を紙一重で引いた。本来ならそれでよかった。紙一重でかわす。


 自身には無駄な動きの抑制と、相手には『すんで』でかわされた焦りを与えることができる、しかし。


 この『紙一重』はもう、お披露目が済んていた。正面の敵、エ―ジェント・不老フロウに三崎栞が放った3射の矢を『紙一重』で躱していた。


 つまり、この敵勢力は『紙一重』で躱すことが得意な敵だとジェシカ専用AI『ユリウス』は導き出し、


 踏み込んで突きを放ってください。


 そして、順一は正面に対峙していたエ―ジェント・不老フロウに攻撃すると見せ掛け、マイたんの膝への一撃を『紙一重』で躱した直後の『手長エ―ジェント』に『デジタル・レイピア』で突きを入れた。


 素人の突き。しかし、そこにはAIによる戦術。そしてなにより、息の合った『兄妹コンボ』が存在した。


『手長エ―ジェント』は『デジタル・レイピア』の電撃をもろに受け、宙を舞った。


『大好きよ、兄さん――』


 最強系妹マイたんには順一の耳元で、そう囁く余裕すらあった。対峙後僅かな10秒程で、中友連邦が誇る凄腕エ―ジェントのひとりを『この兄妹』は戦闘不能に追い込んだ。


(やはり……相性が悪い…)


 元中友連邦エージェント『うみねこ』リ―ダ―・不老フロウは自分の『嫌な予感』が確信に変わる瞬間に立ち会った。





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