第68話 明日、復学します。

「本日は斉藤君、斉藤順一君の復学に向けてのお願いに参りました―」


 深々と頭を下げる古堂ふるどう校長。浅倉さんからは『校長は普通の人』とは聞いていた。グレ―を基調としたシックな服装。


 少し白髪が混じった髪はなんだが疲れた感じがする。元々の敵というか、狙いは事務長派であって校長ではない。事務長の奥さんということで警戒はしているが――


 少し、話しにくい。土下座スタ―トということ、敵対している事務長とは違うこと――なによりオレは自分のいわれなき退学については完結していた。


 結果に満足しているとかではない。舞美やマイたんがしてくれたこと、栞をはじめ浅倉さんや、ゲンさんとスズさん。父さんや母さんそして――シルさんとジェシカさん。


 そんな人たちの支えや行動、励ましの声。そのすべてが失ってしまったものより遥かにデカい。正直『アノ』ことがなければオレは相変わらず、舞美を恐れて煙たがってたし、ヤンデレのマイたんには『痛いもの』に触れるように接してるだけだったろう。


 栞の存在は中学から知っていたが、知っているだけ。ただの知り合いで終わっていたし、舞美が動画を発信しなければ浅倉さんとも出会えてない。


 人との出合をプラス・マイナスで話すのはちょっと違うかも。それでもプラスしかない。だけど『』がオレの中にあった。謝るのはオレにじゃない。オレの痛みは多くの人が寄り添ってくれた。


 前にも少しだけ触れた。ここで止めるのも方法だった。でもオレのゴ―ルは飽くまでも栞の受けた、受ける可能性があった苦渋を晴らすこと。


 まだ、完全に受けてない苦渋を晴らすってのも変な話だが。オレの表情に勘づいた栞がオレの所に来た。


「斉藤君、大丈夫です。校長先生は真っ先に、私に謝ってくれて」

「そうなのか」

「はい、何日か前に家――親にも謝ってくれてて。私たちバタバタしてたじゃないですか、お母さんからメ―ルに気付けなくて。スマホ放置してたから」


「ごめんなさい。その足で来たんですけど、報道の方が大勢いて騒ぎになったらと…日を改めたら遅くなって……いえ違います……本音は怖かったからです。言い訳をつけて後回しにしたかった」


 校長は栞の言葉を補足して、また謝った。ここまでのことを口に出せるなら――信用してもいいだろ。オレは慌てて空いてるソファ―を勧めた。誰だって、怖い時はある。それから少しくらい逃げたって――別にいいと思う。


 □□□□

「なんとお詫びしたらいいやら…」


 オレをはじめ、オレたち家族は気まずい顔を見合わせた。思っていた以上にいい人ぽい上に、めちゃくちゃ反省してる。


 何よりオレ的には1番の被害者だと思っていた栞が『まぁまぁ…』みたいに間に入ってくれている。怒る理由もなければ、謝られる理由もない。


 そもそも、オレたちは定めたゴ―ルに於いて、大勝利を収めているのだ。ハングリ―さに欠けていた。


 そしていつものように『水に流す』ことにした。それでも中々、古堂校長は謝罪を繰り返していた。見かねた浅倉さんが呆れた顔で校長に言う。


「校長先生。謝罪というか、謝るのは大切なのはわかりますけど、行き過ぎた謝罪はかえってどうかと。先生は謝って皆は『いいよ』なんです。幼稚園の『ごめんね、いいよ』です。はい! もう終わったんですって。このまま繰り返したら、私がキレてそれに謝んないとですけど?」


 浅倉さんのいつもの呆れた目で蔑む視線をなんでか、オレに投げる。浅倉さん知ってるのかなぁ…浅倉さんのこの表情が好きなの。


 校長はようやく謝罪を終え、ひと息付いた。そして架け橋としての役目を果たした浅倉さんはいつもより一段高いため息を吐いた。


「はい! 皆さん。聞いてて黙ってて誠にゴメン。古堂ふるどう校長。今回のことの責任を取って辞めることになりました。何回か止めたんだけど、決心が固くて。正直環境を変えたい気持ちもわかるんで、このことはそっとしてあげて欲しいかなぁ」


 浅倉さんの共有を聞いた校長は少し、緩やかな笑顔を浮かべた。どこかでホッとしてるのだろう。オレたちの知らない悩みが沢山あったのだろう。


「あの……今日来たのは復学のお願いだけではないのです」


 一瞬ホッとした表情になっていた校長の表情は曇った。


「とても大事なことなんです」


 □□□□

「つまり…事務長はじめ、事務長派2名は辞めないと」


「ええ…その残念ながら…2名じゃない。あと2人――合計5名。いまわかってるだけで」


 それほどたくさん教員がいるわけじゃない。そんななかで少なくとも事務長含め5名が相手となると、そこそこの勢力。しかも自ら辞める気はないと。


「示談が成立してて…忘れたいって被害者の方もいるし、協力してもいいって言ってくれてた人も、注目度が高くて二の足を踏んでます。2度も苦しみを強要出来ません…」


 それはそうだ。二次被害なんて、誰だって嫌だ。その時のことを今更警察や誰かに話すのは、相当な苦痛を伴なうだろう。校長の言う通り強要なんて……


「わかりました。オレがなんとかします。元々そのつもりでしたし。少なくとも…校長が普通の人でよかったです。後はオレに任せてください。明日です。明日『かたをつけます』なので明日復学します。その段取りで」


 オレは予定通りで結構することを、校長を含めた全員に確認した。


 明日が決戦なのだ。







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