第39話 ギリギリ。

 ワンコ―ルで取ったスマホ。のスマホまで手は出されてない。しかし中々よくない状況だ。


 流石に通話の妨害まではされない。いや、もう十分な妨害だけどねと、彼女は思った。


『もしもし、理由は後ほど。一刻も早く退いてください、


 聞き覚えのある声。ちょっとばっかし、うわずった声がかわいくてしかたない。10歳も下となると、何をしてても可愛く感じてしまう。


 それが自分の身を案じて焦ってるとなると尚更のことだ。しかもそれが例えのタイミングでも、自分が見込んだだけはあると、自分の見る目を褒めたくなる。


 ギリギリアウトだけど。想像は付いていた。いや、そこまで言うと言い過ぎかも知れない。正確には『もしかして』『ひょっとしたら』憶測の域を出ていないことだった。


 なので流石の浅倉も準備はしてなかったが『驚かない』くらいの心積もりだけはあった。


『どうしました。今、話せませんか?』


「話せなくはないよ? それよりをしょう。君は何を根拠に、お姉さんに退けと? それとお姉さんが、素直に君の言葉に従うと思ったか理由聞かせて」


『今必要なら答えます、でも時間が――』

「ねぇ、いつの時代も大事を成そうとする者は、時間なんてないの。そうゆう時こそ、ゆったりとだね」


『今わかったことです――栞が重要なを押さえてました。浅倉さんたちが、リスクを背負ってまで学校に留まる理由が薄れました――お願いです、戻ってください。危険です。オレの言葉に従う理由は――オレのこと、信じてくれる―からじゃダメですか?』


「信じてくれるから――なんか青臭くて、青春ぽいね。うん、そうね素直に聞き入れたいところなんだけど、お姉さん――ギリギリアウトかなぁ…気にしないで。のもあるから」


『拘束されてますか?』


「それはないわ。そこまで行ったら犯罪集団よ。でも法治国家で、しかも教師がしていいことの限界はとっくに超えてるけどね」


『誰にですか、事務長ですか? それとも校長?』


「事務長指示の元なのか、何らかのが働いてるのか……どうなの? 。いくらなんでも取材カメラの破壊はどうかしてるわ。いくらすると思ってるの? そんなに? 呆れちゃう」


 浅倉の電話の声が栞の音声デ―タとリンクした。完全に金で事務長に抱き込まれているふたり。


 報道関係のカメラの破壊が意味するのは――言論の自由、知る権利、報道の自由を踏みにじる行為と簡単に結びつく。およそ教育現場で、行われてよいものではない。


 浅倉は思った。政府が大臣を派遣するほどの社会的問題に発展しているのだ。その注目度は計り知れない。そんな中この暴挙――暴発と言ってもいい。


 何のために……浅倉は自分の中の疑問に首を振った。少なくとも…目の前のふたりは斎藤順一の件――いや、違う……


 違う…違う…違う…全然違う! !! 斎藤君は……副産品だ。森田と成宮にとって斎藤君は単なる道端の石。邪魔だから排除したに過ぎない!


 三崎栞に繋がる道に転がる石ころなんだ……それにしても手慣れている……いや、これも違う…手慣れているじゃない、そう。躊躇がない! これだけのこと普通なら躊躇する!


 ということは――


 三崎栞以外の件にも――手を染めている!? 事務長河副かわぞえに協力してきたんだ――その過程で躊躇を忘れるくらいことを…してきた?


 教師が…いえ大人がすることなの……こんなの……組織的な犯罪と変わらない…性犯罪者集団だ。


 マズい…浅倉はここで自分の計算に――認識に誤りが生じていることに気付いた。彼女が足を踏み入れたのは、教育現場ではなく――おそらく性犯罪に手を染めた教育者が罠を張る敵地。


 しかも、間が悪いことに午後から文部科学大臣の訪問があるため、急遽きゅうきょ休校になっていた。部活動も禁止。なんである筈の生徒の視線がない。


(じゃないと流石にカメラまで壊さないか……となるとマズい、マズい)


 浅倉は自分の撮影クル―と目配せする。ひとりは浅倉と同じく女性。もうひとりは撮影担当の男性だが、屈強とはほど遠い小太りの中年男性……人のよさが売りだ。


(ははっ…まさか…口封じで殺されたりしないよね……生徒の目が…ないって言っても職員全員買収済じゃないでしょ……でも恐怖による支配なら…あれ? もしかして、私―詰んだ!?)


 浅倉の頭脳はマッハで回転し『責めてアルバイトちゃんだけは逃したい』アルバイトの女性クル―にアイコンタクトするが、眼鏡のアルバイトちゃんは首を振る。


(はいはい、カリスマお姉さんのこと慕ってくれちゃってるのね、ここは必殺『ポロリもあるよ』で何とか時間を――)


 万策尽きた浅倉は、ワンピ―スのボタンに手を掛け、自暴自棄的行動に出ようとした――その時だった。


――しましょうか? 浅倉さん』


 浅倉率いる撮影クル―と森田、成宮の前に現れたのは――包帯姿がまだ痛々しい斎藤順一だった。


「浅倉さん。さっき『ギリギリアウト』って言ってましたね。オレの目にはに見えますが?」


「斎藤君…君って子は。年上のお姉さん本気に惚れさす気ね。なるほど、さっきの電話家からじゃあなかった……と」


「浅倉さん。ウチにはの母親とがいるんです。オレと父さんに呑気な朝のひと時なんて皆無です。ケツ蹴り上げられてやってきました」


「斎藤…お前――」


「成宮監督。前から言おうと思ってたんです。監督の戦術古臭いんです。だから、こんな簡単にから失点するんですよ。監督向いてないですね。まぁ、失業乙です」


「斎藤くん、君は―」


「森田先生。聞きましたよ、奥さんのお腹の赤ちゃん、女の子なんですね。将来その子も事務長に差し出しますか? こんなことしてて、恥ずかしくないですか? たく」


 ポリポリとわざとらしく頭を掻く斎藤順一の登場に、主導権は順一と浅倉に移ったかに見えた……






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