第37話 すべては彼女の手のひらの上。
敢えて言う必要もないのだが、浅倉が名乗った
そして浅倉は人の記憶がどれほど、いい加減な物かを知っていた。なので
彼の記憶の中の
しめしめ……校長室に案内されながら
普段からカメラの前に立つ仕事をしていた浅倉にとって、難しいことじゃない。そういう意味では普段から演じていたのだ。
毎年毎年懲りずに春の訪れの桜をリポ―トしたり、土手の土筆を笑顔で紹介したり。刺激のない生活に飽き飽きしていた。
こんな身分を偽って変装して、しかも相手が興味を持つだろう姿かたちになりきる。これぞ刺激! 生きてる! そう叫びたいが、今は我慢だ。我慢しながらもニヤけてしまうから、その表情を上品に見えるように、彼女は誤魔化した。
「お忙しいところ申しわけありません……失礼ですが…」
「
「あっ、改めてよろしくお願いします。わたし…
「ご丁寧に」
移動を中断し廊下で名刺の交換をする。すべては浅倉の計算のうち。
「あっ、失礼しました!
わざと恐縮したような反応した。そうもちろん『肩書』にだ。事務長と言えば事務方のトップなのだ。しかし、その事実は余り知られていない。浅倉は敢えて世間的にあまり知られてない部分で
『いえ』と否定するものの、
(あとひと押し…)
浅倉には確信があった。そしてその確信を確実なル―トに乗せる必要があった。その確実なル―トへと導くアイテムは既に彼女の手の内にあった。
『ビジタ―』と記された首から掛ける許可書。彼女は案内された校長室を前に少しばかり臭いが、鼻にかかる甘えた声でたずねた。
「
見え見えの結果だ。インタビュ―後事務室に返却に来てほしい。そんな返事だ。予想していた通りだ。何ひとつ狂いのない結果だ。浅倉は愛想よく会釈して校長室に消えた。実のところ彼女の目的の8割は達成できたのだ。
校長室に通された浅倉だが、彼女の興味はこの部屋の中にはなかった。浅倉にとって目の前に座る上品ぶった成金の初老女性には興味がない。
浅倉にとっては校長の
その
浅倉がこの
警察が何度も
もし知っていたらこんな傲慢な顔で来客を向かい入れることなんて出来ない。
斎藤順一が退学になった本当の理由は――彼女の旦那、
悪い癖とは記憶の中の
つまりは直近で
彼女が中学時代から斎藤順一に恋心を抱いているのを知り、邪魔な順一を退場させる計画を立てた。
しかし、
彼女の家は授業料を気にしない程度には裕福だ。奨学金が必要な家庭ではなかった。
私立
そんな矢先、彼の目の前に幸運が舞い降りた。下校する三崎栞の後をつけていた彼は偶然見かけたのだ。
邪魔者の斎藤順一がバス停で女性を庇う光景を。その姿をスマホで撮影する三崎栞を。彼は躊躇なく行動に出た。
斎藤順一の潔白を証明するには君の撮影した動画が必要だと、栞に持ち掛けた。戸惑う栞に揺さぶりを掛けるため、息の掛かった教師を使い退学も仕方ないようなネタも幾つか捏造し、斎藤順一を退学に追い込んだ。
栞から相談を受ける形で親密になる計画に。事実、相談を装い会う機会も増えた矢先、栞との関係が破綻した。
動画の加工は物の数時間で暴露され、栞にもばれた。
栞が抗議に現れると、
めんどくさくなったのと、手っ取り早く栞の恐怖に歪む顔が見たくなった。数回に渡り脅しを加え、次は落ちるだろうと思った矢先。栞との連絡が取れなくなった。斎藤家に保護されたからだ。
そんな事情も知らず目の前で、傲慢な表情の
「午後より文部科学大臣が来られるとか」
「よくご存じで。たかが暴力沙汰で退学になった生徒の説明が欲しいらしいの。大臣でそんなに暇なのかしら」
その他人事のような口調が浅倉に火を着けた。
「校長。ここだけの話なんですけど。ご主人、事務長さん。このタイミングで――大臣が来るタイミングで『例の性癖』在学生に出してますけど、その辺り大丈夫ですか?」
浅倉の揺さぶりに
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