Saga of the beast
水華戯
第1話水面下の騒乱
―――遥か昔、獣は獣を喰らっていた。
草食獣は、その身の危険に怯え、肉食獣は、肉を求めて彷徨った。
突然、変化は起こった。
獣は、立って歩くようになった。
姿が変わり、知能が発達した。
そして、かつての姿に戻ることを『獣化』と呼ぶようになった。
そして、自然と己の血の力を使い、魔法を使うようになった。
それからまた、長い長い時が流れ―――
―――カルニボア帝国、首都デファンス
「―――これにて第293回、カルニボア帝国、国内会議を閉会とする」
クロヒョウのイソティス議長がモノクルを付け直すと、会議を終える号令をかける。様々な獣の耳と尾を持つ人々はその号令にパッと顔を上げ注目するは獅子の獣人。
時の帝、アンスヴァルト帝はライオンの獣人である。その咆哮は地を震わせ、民を従える。獣化を行えば、その威圧感に失神する者までいるそうだ。その威厳は今もなお、衰えることはない。
肉食獣の治める国、カルニボア帝国。陸で唯一の『帝国』だ。多くの民族が住んでおり、その人口は3億。気高く、威厳に満ちた勇猛果敢な強き者…それこそがこの国で美徳とされ、尊敬される。国花のタチアオイの花言葉は、彼らのあるべき姿…『気高く威厳に満ちた美』である。肉食獣ということを、誇りに思い、堂々と生きる。それ故か…カルニボア帝国は内戦真っ只中である。
今会議を締め括ったクロヒョウもまた、数多くいる民族の一つだ。ヒョウは、非常に賢く、歴戦の知将として名を残す者が数多くいる…。
アンスヴァルト帝は咳払いを一つすると、会議場から立ち去った。側近達が両脇前後を固め、襲撃にいつでも対応できるようにして退出する。帝である以上、誰よりも獣化は強い。純血のライオンなど、誰が敵うだろうか。彼の直轄領、ロレオーヌ領はライオンの獣人が絶対的な地位にある。…他の獣人達は奴隷も同然だ。
ノワール・F・フェリシア…若きフェリシア領主となったリビアヤマネコの青年は、会場内を見回し、1人1人を確認していく。今ここにいるのは全ての領の領主達である。纏う覇気は皆強く、気を抜けばアンスヴァルト帝の覇気に飲み込まれかねない。現在領として存在しているのは、直轄領を含め12。直轄領であるロレオーヌ領、クマ科、アライグマ科、アシカ科、アザラシ科、イタチ科、ジャコウネコ科、マングース科、ハイエナ科、タヌキ、キツネ、イヌ科、そして、彼の治めるフェリシア領だ。事前に調べていた情報と照らし合わせるうちに、1人の女性が彼の目に留まる。
ヴェラ・A・ループス。イヌ科の族長のオオカミのロボ・A・ループスではなく、その娘。彼女はアルビノ、白く透き通った髪と、紅の瞳が印象的だ。イヌ科最大のタイリクオオカミ。凛とした覇気を身に纏い、全ての質問に対して淀みなく答えるその様は姫ではなく、もはや女王の威厳があった…。
「(警戒すべきか、手の内に入れるか。)」
ノワールは銀縁のメガネをクイ、と掛け直すと席を立つ。既に殆ど各領主達は去った。
アルビノ…恐ろしく低い確率で生まれる白の化身である。先天的に色素が欠如している為、目が紅くなるのだ。体色が白くなる白変種とはまた異なる。
ノワールはイエネコの祖先とされるリビアヤマネコの獣人である。イヌの祖先であるオオカミの獣人であるヴェラとは違い、イエネコとの身体能力に絶対的な差がある訳ではない。ノワールが細い廊下に入った途端、巨漢が彼の頭を壁に押さえつけた。
「……っ」
ギリギリと押さえつけられる鈍痛の中、彼は表情一つ変えずに相手を見る。
「これはこれはファリシア領主、同じネコ科だというのに随分と力が弱いのですねえ……」
声の主はこの帝国の大臣の若いライオン。ニタニタとノワールの非力さを嘲笑う。
「(ひたすら、耐えろ。相手は力の誇示をしたいだけ。こういった事は慣れている。)」
彼は心の中で呟く。アンスヴァルト帝は覇気だけで圧倒されるが、この若いライオンには王者の覇気などない。ノワールは冷静に相手に問う。
「テヌート大臣補佐、何か御用ですか」
力を誇示するだけたと考えたが、若いライオンはノワールが思ってもみなかったことを口にした。
「えぇ、フェリシア領はあと半年もしないうちにロレオーヌ領に吸収合併されることでしょう。非力なあなた達程度では我らライオン数名だけでいとも容易く陥落することでしょうなぁ、ハハハ!」
驚きの計画が漏洩したが、動揺すれば思うツボだと言うことを知っているノワールは俯いたまま何も答えずに耐える。
『真に警戒すべきは有能な敵ではなく
無能な味方』
「(父からかつて聞いた教訓、今言ったこれはロレオーヌ領で内密に進められていた計画のはすだ。それをペラペラと私に話すとは。)」
「ハハハハハ!せいぜい余生を楽しみたまえ!」
ドサと解放されて床に軽がるノワールだが、テヌートの姿が完全に見えなくなると、埃を払って立ち上がる。
「我らフェリシア領の民達が支配されることをどれだけ嫌うか…自由の為なら何もいとわないことを知らない獣王め。私は、決して屈しないからな。
獅子よ、猫を甘く見るなよ」
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