DRAGOON LIDER

迦楼羅

約束する少年

何千年もの昔から、人類は一種の獣と戦い続けていた。

 大きな両翼で空を飛び、岩も砕く牙を打ち鳴らし、火を吐く人類が憎しみを込めてドラゴンと呼ぶ獣との戦い。

 互いの生存権を賭け一進一退の終わりない戦い。力で劣る人類は両種族の生存圏の間に大陸を横に隔てる境界壁(ホライゾンウォール)を建て、国家間の協力のもと抵抗を続けていた。だが、戦いは年を重ねる後に人類側が徐々に消耗し劣勢に陥る種族間戦争は、大国トレニア王国の滅亡から大きく人類の敗北に傾いていくことになる。


 全ては10年前のあの日から始まった。


 ドラゴンとの生存圏とは遠く離れたトレニア王国の王都グレースフィールでは、今年10歳になった王女を祝う生誕祭が行われていた。

 王都を上げての盛大な祭りを人々は楽しみ過ごしていた。

 王都の中心では露天が開かれ子供が親に駄々をこねて甘いお菓子を買ってもらったり、旅商人が異国の珍しい品物を法外な値段で売り付け一悶着あったりと賑わいを見せていた。

 そして大通りでは、盛大なパレードが行われていた。

 

「ね〜ニコなんでそんなに怒ってるの?」

「別に……怒ってないよ」

 パレードを観覧する大勢の見物客から少し離れた路地に二人の子供がいた。

 うなじまで切られた淡い金髪のショートヘアーの一見男子に見える少しだけ大人びた女の子。少女は口にする虹色の体に悪そうな渦巻きキャンディーを食べながら、隣でパレードを覗き見ていた癖っ毛の少年ニコに不機嫌な理由を聞いた。

 ニコは少女の何気ない質問に不貞腐れた態度で返答した。

「嘘っだ〜! こんなに頬膨らませて怒ってるじゃん」

「なひぃすんだよ!カーヤ」

 そう言ってカーヤと呼んだ少女に頬を捏ねられる黒髪の少年は、不満そうにカーヤの手を払い除ける。

「お父さんの事で不貞腐れてるんでしょ?」

「ッ! 違うよ」

 隣でキャンディーを舐めている幼馴染に気持ちを言い当てられたニコは、咄嗟に否定するがカーヤはニタついた顔で子供なんだから、と此方を煽ってくる。

 年も一つしか違わないくせに、自分の事を全部知った気になるカーヤに無性に腹が立つ。でも言い分も言葉でも彼方の方が軍配があるからニコは、黙ってカーヤを睨む事しか出来なかった。

 カーヤもそれが分かっているのか勝ち誇った顔で、ニヤニヤとニコを見やる。

 二人の間に少しだけの沈黙が流れ、いつまでも睨んでいても疲れるだけだと悟ったニコは大通りの方をまた覗き込む。

 自分よりも小さい子供達が親に引かれパレードを観覧する光景が、ニコには堪らなく羨ましく思えた。

 とくに男の子の手を引く父親の姿がよく目に入る。

「……父さん」

 思い返すは昨日の出来事だった。

 昨日突然仕事だと父親に言われた。

 何でと問うと、ごめんなと返された。

 軍人だからいつも隣にいてくれないのは分かってたから今日までは納得していた。

 でも楽しみにしていた。久々に帰ってきた父親と楽しく遊べると信じていた。

 今日の朝、込み上げる怒りに呑み込まれ父親に怒りをぶつけた。

 

 そして現実から逃げた。

 

 自分でも分かる子供が我儘を言って癇癪を起こしただけのつまらない逃避行。

 でも幼馴染に簡単に見つかる様な曖昧な逃避行をまだ続けるか、それとも自分なりの決着をつけて前を向く必要があるとニコは気づいていた。

 ただ勇気が出ないどうやってこの気持ちに踏ん切りをつければいいのか分からない。

 

 少なくともカーヤは今のニコを見てそう思った。

 あと一押しなんだけどな、とこう切っ掛け(イベント)さえあれば、何かそれもニコと父親を強く結ぶイベント。

 何かないかとお姉さん心を燃やすカーヤは、ふと自分が空を見上げている事に気づいた。

 なんだアレがあるじゃないか、きっとこれが一番の正解になるはずだとカーヤは確信し行動に出る。

 ずいぃっと俯くニコの前に立ちカーヤは言った。

「ニコ! 今から高い所に行くよ!」

「何言って、ちょ! 引っ張るなよ!」

 唐突のカーヤの宣言に一瞬混乱するニコは、抵抗するまもなくカーヤに手を引っ張られていく。路地を出てそのまま上に上にと道を進み、パレードが一望できる公共の展望台にまで二人はやって来た。カーヤと同じくパレードを展望台から見物する人達をかき分け二人は鉄柵の前に飛び出した。

「ほら! ニコもうすぐだよ!」

 何が、と聞こうとしたとき周りの人達が、ザワザワと騒ぎ初めた。

「来たよ!」

 カーヤに促されニコは空の彼方を見つめる。


 そしてやって来た。


 古来より人はドラゴンと戦ってきた。

 最初は剣で戦った。

 だが剣は届かず次に弓を使った。

 弓では威力が足らず次は槍を使った。

 そうやって武器を変え知恵を使い人は戦ってきた。

 幾万の屍を超え幾千の死闘を重ね人は漸くドラゴンを殺す武器を手に入れた。


 「……ドラグーン(竜を屠る)…ライダー(狩人)……」

 ニコはポツリとその名を口にした。

 幾千の戦いを経て人類が辿り着いた答えそれは至ってシンプルなものだった。

 奴らが空を飛ぶなら此方も空を飛んで戦えばいいのだ。ドラグーン即ち空を駆けドラゴンを狩る兵器そしてドラグーンに跨りドラゴンを殺す狩人。

 人類がドラゴンに勝つため生み出した切り札それこそが、竜を屠る狩人(ドラグーンライダー)なのだ。


 記憶から無理矢理忘れ去った今日一番の目玉であるドラグーンライダーの飛行ショー。編隊を組み王都の空を飛ぶドラグーンライダーを、ニコは我を忘れて呆然と眺める。

 空を縦横無尽に飛び曲芸を披露するライダー達の姿に、少年は心を奪われた。

 と、その時曲芸を披露し終えたライダー達が、大きく旋回し此方の真横を通った瞬間ニコは一人のライダーと目があった気がした。


「父さんだ」

 一瞬通っただけそれもライダーは顔をすっぽりと覆うヘルメットを装着しているのに、ニコはその人が自分の父親だと確信した。

 父親だと思われるライダーを先頭に、ドラグーンライダー達はニコがいた展望台を通り過ぎていく。そしてスピードを上げ遥か彼方の上空まで飛んでいく。

 そのままライダー達が上空で待機していると何処からともなく女性の美しい歌声が聞こえてきた。都市中に設置されたスピーカーから流れるライダーとドラグーンライダーの戦いを描いた叙事詩が奏でられる。


 世を救う防人たる狩人

 猛々しく自由に空を飛ぶ竜を屠し狩人

 千の戦いを超え万の獣を屠し新しき我らの希望

 平和を願い彼方の空を飛ぶ英雄達よ


 その手に勝利を


 歌が終わりライダー達が動き出した。

 上空から一気に降下すると、いつの間にか王都の上空を漂う風船でドラゴンを模した標的に狙いを定め、フロント下部に取り付けられた超高火力の銃火器(ランサー)が火を吹く。

 発射された1メートルはある槍状の弾槍が突き刺さった標的が破裂した。

 破裂すると中から色とりどりの紙吹雪が王都を舞う。

 人々の希望ドラグーンライダーのドラゴン退治が終わった。

 

 王都中で喝采が広がる。

 中々見れないライダー達の活躍を垣間見た心躍る観客達その中でも特に、黒髪の少年の心は王都中の誰よりも熱く震えた。


「どうだったニコ?」

 来てよかったあの光景をニコと二人で見れて良かったと思いながらカーヤはニコの顔を見る。

 ああ、もう大丈夫かな、とカーヤは微笑む。

 何故なら鉄柵を乗り越えんばかりの幼馴染が、自分の声が聞こえなくなるほど目を輝かせドラグーンライダーを眺めていたのだ。

 ライダー達が去ってもニコはその場を後にしない。


「カーヤ俺なるよ。ドラグーンライダに!」

 展望台から観客が去ろうとする頃には、ニコの思いは固まっていた。

「父さんみたいなカーヤや母さんにマーニャ(妹)を、うんうん、全ての人達を守れる強い男になるよ!」

 決して簡単ではない夢を語る幼馴染をカーヤは否定しなかった。

「そっか、いいんじゃない。でも、強くなるなら私よりも背伸ばさないとね」

 頭ひとつ分は身長が高いカーヤからポンと頭を撫でられるも、ニコはちょっと不満そうな顔で、でも満足げに笑った。

 

 平和な時代とはいかない苦難の時代それでも、王国の人々や子供達は夢を胸に秘め新たな未来に突き進むのだった。


 そう彼らは夢を未来を胸に歩もうとしていたのだ。


「なぁ、なんか変な音聞こえないか?」

 最初にそれに気づいたのはニコだったかもしれない。

 遠くから無数の羽音と唸りのような気味の悪い音が空から聞こえてくるような気がした。

「へぇ……本当だ? なんだろうね」

 カーヤも耳に手を当て澄ますと、聞き慣れない音が此方に近づいてくる音が聞こえた。

 聞き慣れないのに何処か不安を掻き立てらる不気味な音は、周囲の大人達にも聞こえたらしくざわめきが広がる。

 大人が騒げばそれは自然と子供達にも伝播する。

 言い知れない恐怖が大人を支配し、何も分からない子供は何も分からないまま泣き噦る。


「ねえ、ニコ何だか私怖いよ?」

 スッと自分の手を握るカーヤの柔らかな手は怯え震えていた。それは自分も同じだが、ニコは先ほど言ったようにカーヤを守ろうと必死に考え行動する。

「と、取り敢えず家に帰ろう。そうすれば母さんやカーヤのお父さん達も居るはずだから」

 情けないが自分には幼馴染の少女を安心させる程力も無いただの子供だ。

 せめて出来るのは今にも泣きそうなカーヤを家に送り届けるただそれだけを考えて、ニコは彼女の手を痛くならないぐらいに引っ張ってこの場を後にしようとするその時だった。


 王都中に設けられたスピーカーからけたたましいサイレンが鳴る。

 それは訓練でも何でもない本当のドラゴンの来襲を告げる警報だった。


 そして誰か大人の人が叫んだ。

「ドラゴンだ!! ドラゴンがきた!?」

 その名を聞いた者達はまるで遺伝子に刻み込まれた傷が開いたような痛みを覚えた。

 その名は人々に恐怖と死を意味させる。名を聞いただけで気を失う者狂乱する者人それぞれだが等しく彼らは恐怖していた。

 それだけドラゴンとは人々に恐れられる存在なのだ。

 人類の天敵大いなる宿敵たる獣の名を聞いた大人達は恐怖し子供は泣き叫ぶ。

 何処に逃げればいい!? どうすればいい!? 誰か助けて!!

 阿鼻叫喚だった。恐怖に犯された人々は意志を持たずただ逃げ惑う。

 

 さあ襲ってくるぞ。

 ああ奴らが襲ってくるぞ。

 翼を羽ばたかせ、牙を打ち鳴らし、火を吐く獣がやって来るぞ。


 来るぞ来るぞ。


 ドラゴンが来るぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る