第3話 クラフトワークス


 「見えて来たな、あれがジギルか」


 トラックの運転席の窓に片腕を掛けハンドルを握るウルフの視界に飛び込んできたのは高い鉄骨が幾本もそびえ立つ光景だ。

 街に近付くにつれ新築の建物が多い事に気付く。

 道も舗装され近代感と清潔感が街全体から感じ取れる。

 先ほど見えていた鉄骨も五階建て以上の建物の構造物だったのだ。

 AWW3以降、三階建て以上の新規の構造物は稀であった。


「ジギルはこの界隈では一番戦後復旧が進んでいる都市だ、俺たちが運んでいた物資は建造物の資材さ、そしてある程度作業状況が進展したってんで労働者の家族も連れて来たって訳さ」


 ゴードンが生き生きとジギルと今回の仕事に着いての事を語り出す。


「なるほどね」


「あっと、そこを右に曲がってくれ」


 やがてトラックは二階建てだが大きな工場風の建物に前に到着する。


「ありがとうよあんちゃん、ここが目的地だ」


「J&Jインダストリー……」


 トラックから降り、ウルフが建物の上方にある社名の看板に目をやる。


「ここが俺らの今回のクライアントさ、このジギルの復興を一手に担ってる大手企業だ」


「ふーーん……」


 さほどウルフは興味ない風に生返事をする。

 

 暫くすると建物の中から数人のスーツを着た男たちがこちらに出向いて来た。


「これはこれはジーン社長!! 社長自らお出迎えとは恐れ入ります!!」


 スーツの男たちの先頭にいるオールバックに金縁の高価そうな眼鏡を掛けた男を見るなりゴードンはすぐさま彼の所に駆け寄りぺこぺこと頭を下げだした。


「ご苦労様、予定時刻より随分遅かったですが何かありましたか?」


「はい、サロメからの道中、野盗バンデットに襲われまして……護衛も早々に脱落してしまいましたが彼ら『エスコートウルフ』のお陰で何とかここまで辿り着けました」


「そうですか、それはありがとう、私はこのJ&Jインダストリーの社長をしておりますジーンです」


 ジーンが視線をウルフたちの方へ移し笑みを浮かべて軽くお辞儀をする。


(ねえねえ、あの社長さんってイケメンよね? 玉の輿を狙っちゃおうかな?)


「………」


 キャットの軽口に耳を貸さずじっとジーンを睨み返すウルフ。


「ちょっとウルフ、社長さんに失礼でしょう?」


「いえいえいいんですよ、成果さえ出していただければこちらとしても何の問題もありませんからね」


 ジーンは相変わらず笑顔だ。


「ゴードンの爺さん、報酬は教えておいた口座へ振り込んでおいてくれ、俺たちはもう帰るよ」


「あっ、ああ、ありがとうなウルフのあんちゃん」


 妙な空気に戸惑うゴードン。


「ウルフさんとおっしゃいましたか、お疲れでしょう、少し中で休んでいってはどうです? 良ければお話など」


 踵を返すウルフをジーンが呼び止める。


「要らない世話だ」


「そうですか、では何かの機会にまたお会いしましょう」


 ジーンに背を向け返事も振り向きもせずウルフはフェンリルに向かって歩き出す。

 キャットはジーンに深々とお辞儀をすると急いでウルフの後を追いかけた。


「もう、もしかしたら上等なスイーツやティーを御馳走になれたかもしれないのにーーー、ウルフが面識のない人に不愛想なのは今に始まった事じゃないけど一体どうしたの?」


 顔を河豚の様に膨らませ文句たらたらのキャット。


「……似ていたんだ」


「えっ? 誰に?」


「いや、この話しはよそう」


「えーーー!? そこまで言ったら気になるじゃない!! ねぇ教えてよ」


「………」


 それ以降ウルフはその質問には答えなかった。

 無言でフェンリルに跨りエンジンを起動する。


「ちょっと待ってよ!! あたしがまだ乗ってないでしょう!?」


 キャットが後部シートに跨ると同時にウルフは乱暴にフェンリルを駆りジギルを後にしたのだった。




「あれ? ウルフ、こっちは事務所の方角じゃないんじゃない?」


 ジギルからサロメへ向かう帰路。

 ウルフの背中にしがみ付くキャットが進路の異変に気が付く。

 このルートだと彼らの根城にしている事務所の建物に辿り着けない。


「分かってるよ、ちょっと寄る所があるんだ」


 徐々にフェンリルを減速させ停止すると、その場には一本の道路標識のようなポールが立っていた。

 付いているプレートにはアルファベットのRの文字だけが書いてある。

 道路ではない荒野に道路標識とは実に不自然だ。


「リジェ、俺だ、ウルフだ」


 ウルフがプレートに向かって話しかけた途端、地面が僅かに振動し始めた。


「何!? 何!? 地震!?」


 キャットが挙動不審に辺りを見回しているとガコンと言う大きな音と共に地面がせり出す。

 地面から出て来たのはコンビニほどの大きさの建物だった。

 建物の全貌が見えた所でせり上がりは止まる。


『そろそろ来る頃だと思っていたよ、まあ入り給え』


 スピーカーから渋めの男の声が聞こえた。

 何かの機械の起動音と共に横開きの扉が開く。

 声の主の姿は現時点では分からないがキャットの脳内ではブラックコーヒー片手に葉巻を吸う様なダンディな大人の男性が想像される。


「俺は中に入るがお前はどうする? そんなに時間は掛からないからここで待ってるか?」


「もちろん行きますとも!! 声の主に興味があるし!!」


「そうか」


 キャットを見るウルフが一瞬苦笑いしたがキャットは気付いていない。

 二人は開いた入り口を通るとドアは自動で閉じていった。

 中は薄暗く、壁を埋め尽くすように工具や機械のパーツが掛けられており、部屋の大半を部品を置く棚が占めている。

 床も最低限人が一人通れる幅しか開いていない。


「うわぁ……この散らかり様、ウルフの事務所とどっこいどっこいだわ」


っとけ」


 苦々しい顔のキャットと心外な表情のウルフ。


「やあよく来たね、ウルフと……お嬢ちゃんは初めましてかな?」


 棚越しに先ほど外のスピーカーで声を聞いたダンディが話しかけて来た、姿はまだ見えない。

 キャットはどんなイケオジ(イケてるおじ様)かと色めき立つ。


「初めましてーーー!! って、あら?」


 その人物がいるはずの棚の後ろに回り込んだキャットだったが視界には誰も入らない。


「ここだよ、ここ」


 声は下の方からする。

 キャットが目線を下げると、彼女の腰ほどまでしか身長の無い女の子がいた。

 橙に近い赤毛の髪を両肩のあたりで三つ編みにし、そばかすのある頬に大きな丸眼鏡を掛けた可愛らしい少女、オイルで汚れたツナギを着ている。


「私がこのクラフトワークスのオーナー、リジェだ、宜しくなお嬢ちゃん」


 ニカっと微笑んだ少女の発している声こそそのダンディイケオジの声そのものであった。


「えっ、えーーーーーっ!?」


 素っ頓狂なキャットの悲鳴のような声が店内に響き渡った。




「あははははっ!! これは傑作だ!!」


 珍しくウルフが腹を抱えてゲラゲラと笑っている。


「もう!! 知っていたのなら初めに教えてくれてもいいじゃない意地悪ね……」


 ぷんすかと頬を膨らますキャット。


「済まない、リジェの姿と声のギャップを知って初めての人間がどういうリアクションをするか見てみたかったんだよ」


 くっくっくっと笑いを堪えながら話すウルフ。


「驚かせて済まないな嬢ちゃん、この俺の身体は義体なんだよ、ちょいと昔に無茶をやってね、身体の大半を失っちまったのさ」


「リジェさんだったわよね、よりにもよってどうしてそんなに幼い少女の姿に? 義体なら男性を模したものもあった筈よね」


「もっともだ、しかしこの身体はな、他の義体とは性能が段違いなスペシャルメイドの義体なのさ」


「義体!? こんなに精巧な……本物の女の子にしか見えないわ……」


 キャットはハァと溜息を吐く。

 この時代、身体の一部分を失った人間に対してその部分を機械で補う義体と言う義肢が素因罪している。

 しかしいくら人間の身体に似せようと技術をつぎ込んでもどこか不自然な所があるのは否めない。

 しかし目の前に居るリジェの身体はどうだ、全身義体の上、言われなければ義体と見抜ける者はいない程精巧に出来ているのだ。

 当然見抜けなかったキャットも愕然とする。


「そしてこの小さいボディで世間一般の義体の150パーセント出力と、他の追随を許さない動作の正確性があるのさ、元々は俺の親父が先天性の重病を持って生まれた孫、俺の娘の為に開発したものなんだ、しかし完成は間に合わずその娘はとうに死んじまったんだがね……まあそのお下がりを俺が貰ったって訳さ」


 リジェの視線の先には車椅子に乗りはかなげに微笑むリジェの義体そっくりな少女の写真が掛かっていた。


「ゴメンなさい、余計な事を聞いたわ」


「いいっていいって、もうとっくに心の整理はついてる」


 しゅんとしたキャットの太もも辺りを軽く叩きリジェが慰める。


「まあなんだ、そうそうリジェの旦那、フェンリルの消耗品交換をして欲しいんだがいいかい?」


「ああ、前に言われていた奴だな準備は出来てる、表に出ようか」


 リジェが店の外に出、ウルフたちもそれに続く。


「よし、フェンリルをガレージに入れてくれ」


「オーケー」


 建物の別の大きな扉が開く、そこはマシンの整備用のガレージになっていた。

 店内と同じように壁には幾多の工具やパーツがフックに掛けられていた。

 早速ハンガーでジャッキアップされてたフェンリルの下にリジェが潜り込む。


「プラグが真っ黒だなこれは交換だ、あとフィルターも目詰まりを起こしてやがる」


 リジェは一人でぶつぶつとつぶやきながら仕事をしている。


「整備ならあたしに任せてよ、部品をここで買って私が交換すれば整備費用が掛からなくていいのに」


「ダメだ、お前も知っての通りこのフェンリルは戦前時代の最先端技術をつぎ込まれて造られた機体だ、お前にはまだ無理だよ」


「じゃあ何でリジェさんならいいのよ?」


「さっきも聞いての通りリジェの身体を作ったのは彼の親父さんだ、それは腕のいい技術者だったよ、その技術を受け継いでいるのがリジェなんだ、恐らく世界広しと言えどフェンリルを整備できるのは彼だけだろう」


「ブーーーッ!!」


 ウルフの物言いにキャットは大層不満の様だった。


「嬢ちゃん、良かったら今度フェンリルの整備を教えてやろうか?」


「いいんですか!?」


 リジェの申し出に瞳を輝かせるキャット。


「そんなに簡単に覚えられないだろう」


「いいんだよ、俺がおっちんじまったら技術の継承者がいなくなる、それなら教えられるうちに誰かに教えとくのがいいだろう」


「はい!! 師匠!!」


 キャットが敬礼の真似をし、早速リジェ同様フェンリルの下に潜り込んだ。


「現金だなぁ、まあ俺としても助かるけどね」


「ちょっとウルフ!! そこのスパナ取ってよ!!」


「はいはい」


 ウルフは渋々キャットにスパナを手渡す。


 その後、数時間にわたってリジェによるフェンリル整備の講習は続いたのだった。

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