おまけSS・舞踏会のあとのエットーレ

(エットーレのお話です)


「良い相手を見つけたな」

 陛下はベッドの中で寝酒を飲んでいる。ご機嫌だ。

「あまり飲み過ぎないで下さい。お体に障ります。医師に注意をされているでしょう?」

「いつ旅立ってもおかしくない年齢だ。好きなものくらい味わせてくれ」

「それを最後にして下さいよ。ーー相手は、ええ、そう思います。私が知る限り最も心根の良い女性です。このタイミングで婚約を破棄したサンドロには礼を言いたいほどです」


 ふふふと陛下は低い声で笑う。


「さぞかしマルツィアも驚いただろう。まさかサンドロの兄に求婚されるとは思ってもいなかったはず」

「あ……と」


 彼女には私のことはほぼ何も話していない。勢いで求婚したのはいいが、すぐに不安になってしまったのだ。私の全てを話したとき、彼女は婚約を断るのでは、と。


 だけど私はひと月以内に婚約者をみつけないと、クビになってしまう。お祖父様にまで捨てられたら、行くところはない。

 そしてあのマルツィアにですら拒まれたら、さすがに立ち直れない。精神的ダメージは大きいだろうし、新しい婚約者候補を探す勇気など出ないに違いない。


「……実は陛下の補佐官であることと、年と、エットーレという名前しか知らせておりません」

「は?」

 陛下が七十とは思えない鋭い目で私を睨む。

「……婚約届けの受理が終わり、落ち着いたら伝えるつもりです」

「お前はバカか! よくそれでマルツィアが承諾したな!」

「信用してくれたのでしょう。それとルフィーノの面倒を見る約束もしましたから」

「姑息な手だ。政治家としては落第点もいいところ!」

「……確実に婚約できる策です。卑怯なのは否定できませんが」


 陛下は特大のため息をついた。


「気持ちは分からぬでもないがな。だが酷い。情けない。あり得ない。それでも私の補佐官か。たとえ彼女が納得していても家族――はいないか――コジモの代わりをしている執事が仰天しているぞ。確か、結構な老人のはずだ。今頃ショックのあまり心臓発作を起こしているか、コジモに顔向けできないと毒を仰いでいるか」

「大袈裟な」

「それだけ非常識だと責めているのだ」


 それは自覚しているが……。


「分かりました。陛下。明日の午後、彼女と執事をアフタヌーンティーに招いて下さい。説明します」

「よかろう。午後なのだな?」

「午後ならば受理が確実に終わっているでしょう」


 彼女の退路を断つことに罪悪感はある。だけどマルツィアに逃げられたくない。

 その代わり彼女の大切な弟は守るし、妻としての役割も求めない。それが私の誠意だ。


 ただ――。


 マルツィアの柔らかな笑顔を思い出す。あんな笑顔を向けられるのも、兜なしで女性の顔を間近に見るのも初めてだった。緊張を隠して自然にふるまうのは骨が折れた。


 私は結婚なんて生涯出来ないだろうと思っていたのだ。たとえ実態のない契約結婚だとしても、心が浮わついてしまう。


 ダメだ、気を引き締めろ。

 騙し討ちかのように婚約をしたのだ。せめて結婚生活は彼女の望むものにしなければ。




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