「第7章 君のオレンジなんか救けなきゃ良かった」(2-3)
(2-3)
幹線道路は住宅街と比べると、若干明るい程度だったが、駅が近付くにつれて、明るさは壮大になっていく。遠くからでもハッキリと見える最寄り駅は、白く輝いていた。吸い込まれるようにロータリーから駅構内へと入った二人。
昼間と変わらない光の下に立って、初めて互いの状態を見る事が出来た。
「うわ、澄人。足の土の汚れ凄いね」
「そっちだって、白いマフラーが土で汚れてる」
「うそ!? うわっ、お気に入りなのに……」
マフラーを持ち上げてそう零す彩乃。もちろん、彼女の制服も土に汚れているのだが、本人はそっちは気にならないようだ。
「トイレで軽く洗ってくる?」
「ううん、いいよ。このまま帰って、今度クリーニングに出すから」
そう決めたから強くなったのか。彼女は土が付いたマフラーを普段と何一つ変わらないように首に巻き直した。
「さて、それじゃ約束を果たしてもらおうかな」
「コーラ?」
澄人がそう聞くと、彩乃は大きく頷く。
「そう。澄人の命を助けたコーラ」
大袈裟だなと思わず言いたくなって喉元まで声が浮いてきたが、寸前で飲み込む。でも彼女には見抜かれていたようで、こちらを見る目線がそれを物語っている。
「何? 何か言いたい事があるの?」
「いーえ。私はありません。澄人の方が何か言いたそうですけど?」
「さあ何の事? それよりもコーラでしょう? ホームの自販機でいいよね」
澄人がそう言い、定期券を改札に通して、構内へ入る。後ろから彩乃も続いた。駅構内は、学生の姿もゼロではないが、殆どはスーツを着たサラリーマンだった。コンビニや立ち喰い蕎麦屋などに吸い込まれていく。
サラリーマンが蕎麦屋に入っていく背中をつい目で追っていると、横に来た彩乃が「お腹空いた?」と聞いてきた。
「空いてるけど、駅ではいい。万が一、先生に見つかったら大変だ」
「どこまでも真面目だねぇ」
「戦略と言って欲しい」
「はいはい。戦略戦略」
どことなく馬鹿にされている気持ちを抱えつつ、蕎麦屋を通り過ぎて(前を通った時、自動ドアが開き温かい蕎麦の良い香りがした)ホームへと降りる。
ホームはトンネルからの風が吹き、夜の冬の寒さと合体して、普段の何倍もの状態だった。誰もが身を守って体を固くしている。懸命に並んで地下鉄を待つ学生を一瞥しつつ、ホームに置かれた自販機へと案内した。
「コーラでいいんだよね」
「むしろコーラが良い」
澄人の質問に力強く、頷いてそう返す彩乃。小さくため息を吐いた後、財布から小銭を数枚取り出して、自販機に入れた。やはり温かい物から順に無くなっていくようだ。コーヒーやコーンスープなどの冬の味方は何点か売り切れとなっている。必要な分の小銭を入れてコーラを選択した。
ガコンッ! 大きな音を立てて、取り出し口からコーラが現れた。
「えへへ。やったね」
横からスッと手が伸びてしゃがんだ彩乃が物を取る。
「うひゃー、冷たい」
「そりゃ冬だからね。夏ならその冷たさが丁度良いんだろうけど」
ホームの明かりに照らされた赤いコーラの缶は、よく知っているのに何故かいつも見ていた缶とは違う気がした。言うならば、映画の中から映画を観ているような非現実感があるのだ。
「澄人は買わないの?」
「俺はいいや。コーラよりも、温かいコーヒーが飲みたい」
トンネルからやって来る夜風に首をすくめながら、澄人は自動販売機に目線を向ける。すると彩乃が通学鞄から財布を取り出した。
「買ってあげるよ。どれがいいの?」
「買ってくれるの?」
「買う理由かぁ……、強いて言えば何となくだけど、それじゃダメ?」
首を傾げる彩乃。澄人は彼女に対して首を左右に振った。
「ホント?」
「ホントホント。何となくぐらいの理由で買ってくれるなら、有り難く頂きます」
有り難くと言った澄人だったが、内心とても嬉しかった。
未練作り関係なく買ってくれる。まるで普通の友達のようだから。しかも今までと違ってこちらも出しているので、一方的でもない。
「では、めでたく許可が出たところで」
チャリンチャリンッと軽快に小銭を投入していく。
「さ、好きなコーヒーを選んでくださいな」
「ありがとう」
何本かあるコーヒーのラインナップからどれにしようかと目で選び、手を伸ばそうとしたその時、白い手がすっと伸びてボタンを押す。澄人が反応するよりも先に押されたボタンの商品はコーラ。
ガコンっと先程と同じ音が自動販売機から響く。呆気に取られている澄人に彩乃はさも当たり前のようにコーラを取り出す。
「はい、コーヒー。んっ? 冷たい? あぁ、やっぱりコーラが飲みたくなったんだ」
「えー」
「どうしたの? これが飲みたかったんでしょ?」
「そんな事、言ってない」
「まあまあ。そんなに変わらないって」
否定する澄人を余所に彩乃はコーラを手渡す。氷のような冷たい缶の感触が左手から全身へ伝わる。その冷たさが彼に冷静さを与えた。無論、それは本来の効果ではない。
「もしかして、俺が何を言ってもコーラを買うつもりだった?」
「うーん。どうでしょう?」
澄人の指摘を受け流して、彩乃はホームの青いベンチへと腰を掛けた。
「ベンチも冷た〜」
「だろうなぁ」
澄人は先に座った彩乃の横に腰を落とす。冬で冷やされた鉄のベンチは下半身から寒さが駆け巡る。それはコーラよりもかなりのものだ。
「確かに冷たい」
「ね? こんな冷たい所でわざわざコーラ飲んでる高校生は中々いないよ」
得意気にそう言った彩乃はプシュッと缶を開ける。パチパチと泡が弾ける音が伝わってきた。一口分、喉を鳴らすと口を離して、顔を震わせる。
「冷たぁ〜」
「うん、そりゃね」
澄人が肯定すると、彩乃はムッとした顔を向ける。
「もうっ! さっきからそんな態度で! 空気が白けるでしょうが。早く澄人も飲みなさい」
「はいはい」
正直、飲む気は全くと言っていい程なかった澄人だったが、彩乃に強く言われて、仕方なくコーラのプルタブを開ける。
「さ、ほら。グイーッと」
隣で変な勧め方をする彩乃を無視して、缶に口を付けた。冷たさと爽快感が喉元から一気に伝わる。
「どう? 美味しい?」
「美味しいけど、寒い」
「あははっ。ま、そうだよねー」
澄人の率直な感想に笑って同意する彩乃。電車が来るまではあと二分。
今日は、時間に振り回されてばかりだったけど、ココに来てようやく落ち着いた。安心した気持ちで時計を見れる。
澄人がそう考えてると、彩乃が尋ねる。
「どした? 時計見てニヤニヤして」
「今日はずっと時間に振り回されたら一日だったなって――」
「それはそれは、さぞ大変でしたでしょう」
「それって彩乃が……」
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